真実は何か、それをどう伝えるか、間違いがあったら、それをどうきちんと認識し認知するか、そしてどう誠意を持って謝罪をするか、このスタンスがお私を含めて大人の世界では必要ではないだろうか。謝罪をきちんとすることで、繋がりが深まり、新しい一歩が始まるような気がするのだが。
と書いてきたが、謝罪、謝るということを意識すると遥か昔の苦い想い出が蘇る。
それは、小学校5年生の時の話。
帰る方向が同じような子が3人位でチームになり、放課後日直といってみんなが帰った後教室の中を確認する係りがあったんだけど、ある日、私とI君とA君の3人が担当だった時の話。I君というのが、クラスの中で所謂いじられキャラというかいじめられっ子だったんだけど、きっかけは何だったが忘れてしまったが、A君と結託して、彼をいじめてしまったんだ。彼の上履きをバケツの水の中に入れたり、悪口を散々言ったり、ランドセルを蹴ったり、色々やってしまったんだ。彼が泣きながら走って帰っていたのを未だに覚えてる。我々は当然スッキリした感じで帰ってだんだ。
で、翌日の朝、学校に行っら、I君は欠席になってた。朝のホームルームの時に、担任の先生が、I君が我々にいじめられたことをみんなに伝えたんだね。我々はみんなの前で立たされ、きちんと説明して、I君とクラスのみんなに謝るようにと先生に諭されたんだけど、我々はそっぽ向いててずっと謝らなかったんだ。今思えば、100%悪いのはこちらだという当たり前なんだけど、あの頃はそんなのは関係なかったから、先生に言いつけやがってという感じで、絶対謝らないという意固地になってた。そうこうしているうちに、先生も泣き出してしまって収拾がつかなくなっちゃたんだ。新卒で入ってきた新任の先生だったんだけどね。因みにその先生は、私の家の親戚の方なんだ。だから親のところまで話が行っちゃって大変なことになってしまったんだ。
そうこうしているうちに時間も経ってきて、なんとなくうやむやな感じになっちゃたんだ。勿論担任の先生からは色々指導を受けてたけど、ことごとく反抗。
で、I君には謝ったかというと、未だに謝っていない。でも、謝りたいという自責の念はあれからずっと大人になった今でも強く持っている。
勇気と慈しむという気持ちを子供ながらにも少しはきちんと持っていれば、素直に謝れたのかもしれない。素直に謝っていれば、今、無二の友人だったかもしれないし、人生に彩りを添えてくれるかけがえないのない存在だったかもしれないい。
長くなってしまったけど、今はそんな気持ちでいる。
遅ればせながら、改めてきちんと謝罪できる人間になりたいと思う。
ごめんなさい。飯野君。