王陽明の『伝習録』に
うまいことをいっている。
「知は行の始めなり、行は知の成るなり」。
我々のからだでもそうです。
心臓とか肝臓とかいろいろあるけれども、
他とかかわりなく、
全体とかかわりなく存在するものは、
何一つないのであります。
たとえば甲状腺にしても、
ちょっと見れば単なる骨のように見えるけれども、
専門の医者に訊くと、
ここからサイロキシンといったものを
血液の中へ送り出す。
これが出なくなると、
正邪曲直の判断とか、
美醜の感覚とか、
あるいは神聖なるものを
敬うとかいうような機能が
失くなってしまう。
ネズミの餌から完全に
マンガン分を除去すると、
母性本能が失くなるそうです。
『安岡正篤活学一日一言』より(致知出版社刊)
王陽明
『伝習録』(旧字:傳習録、でんしゅうろく)は、中国の明の時代に、王陽明が起こした儒学の教え・陽明学の入門書。王陽明自身には、自ら著した書物がほとんどなく、本書は、弟子たちが王陽明の手紙や言行などをまとめた3巻で構成される。
日本には、1614年に紹介され、大塩平八郎、西郷隆盛が傾倒し、日本思想史においても多大な影響を与えた。注釈・訳注書が多数ある。
江戸時代を通じ、各地の儒学塾で講義された。豊後日田広瀬淡窓の咸宜園では、朱子学の『近思録』とともに、学業最後のテキストに用いられた。
竜場の竜岡書院での陽明の高い評判はだんだん広まって、貴州省の長官や学政官の耳にまで届きました。そこで、彼らは省の都にあった書院を修復して陽明を院主に招き、子弟を引き連れて講義を聴くことにしました。そのときに講義した陽明の話がいわゆる知行合一説であります。そこで陽明がいったのは、右に掲げているように「知は行ないの始めであって、行ないとは別のものではない。また、知が成し遂げられたものが行ないであって、行ないは知から離れたものではない。両者は一つにつながっているもので、離すことはできない」ということであります。これが陽明学で有名な「知行合一」という教えでありますが、この考え方は、世の中で主流となっていた朱子学の考え方とは正反対で、世問の人に対して衝撃的な説でした。といいますのは、朱子学では「先知後行説」という考えを唱えていたからです。
つまり、実践する前に先ず事物の理法を窮めておかないと、その実践はでたらめな行ないになると朱子は考えたのです。先ず知った後で行なうという考え方は常識的で分かりやすいものでありました。そこで、ある日、偉い門人の一人が陽明に「誰でも親に孝行しなければならないと知ってはいますが、現実に孝を尽くすことは中々できません。そうしますと、知と行ないとが別のものであるの、は明らかではないでしょうか」と尋ねたことがあります。これに対して陽明は「そのように知と行ないとが二つに見えるのは、その人の考えが私欲におおわれているためであって、知行の本来の姿ではない。知っておれば必ず行なうものだ。知っていて行なわないのは、要するに知らないのだ」といい、「だから、昔の人は真の知行は美しい色を好み、嫌な臭いをにくむようなものだと説いたのだ。
つまり、嫌な臭いを嗅ぐのは知に属し、嫌な臭いをにくむのは行に属するが、嫌な臭いを嗅いだ時は既にそれをにくんでいるのであって、それを嗅いでから後に別の心を働かせて嫌な臭いをにくむのではない。例えば、鼻づまりの人は嫌な臭いを出すものが目の前にあっても大してにくみはしないが、それは嫌な臭いを知らないからだ」と教えたのであります。
また陽明は知行合一について、「今の学者は知行を二つに分けるから、一念が発動した場合、それが不善のものであっても、まだ行に至っていないからと止めない」ともいっています。つまり陽明は、不善の念や私欲を徹底的になくすようにと教えたのであります。
http://ftown.boo.jp/takahashi/houkoku/ohyomei/okada/zen.htmさんより
最近の、みのさんとか・・阪急阪神ホテルとか・・
言ってる事と・やってる事が違う・・
平気で、嘘をつく人達・・・
へんな、事件が多いのは・・
サイロキシンが、足りないせい・・?
だったりして・・
