福島第1原発を訪れて
ロイター通信 写真部
加藤一生
「ついにこの日がやってきたか」──。日本に支局を置く海外メディアの代表撮影を担当するスチール・カメラマンとして、福島第1原発に入ることが決まった時の、私の率直な感想だ。
チェルノブイリ以来最悪の原発事故を引き起こした東日本大震災の発生からもうすぐ1年。福島第1原発を取材する機会が2月20日に訪れた。取材陣に福島原発を公開するのは12月の冷温停止宣言から初めて。今回はバスの内側からの取材だけではなく、バスから降りた敷地内で、原子炉建屋を見渡せる位置から約15分間、撮影することが許された。
3月11日の巨大地震と津波に襲われた福島第1原発で発生した爆発。その爆発の瞬間の写真や映像を見ると、いまだに私は恐怖感を覚える。あれは水蒸気爆発だと政府や東京電力は当時説明していたが、私があの瞬間の映像から受けた印象は、原子炉自体の爆発の様にしか見えなかったからだ。
「このままこの国に住み続けることができるのだろうか」「東京や原発周辺の人々は自宅を捨てて避難せざるを得なくなるのではないか」。あの爆発の映像を見るたびに、今でもあの時感じた恐怖を思い出す。正直に言うと、この取材機会が提示された時に、恐怖や不安が全くなかったわけではない。将来の健康面でのリスクなども考えてしまった。ただ、それと同時に自分がなぜ報道カメラマンを目指したのか、大きな理由の一つを思い出した。「歴史的瞬間の目撃者になりたい、その場に居合わせたい」という、この仕事に自分を導いた衝動を抑えられなくなった私は、志願して「爆心地」に入ることを決めた。今回の取材では防護マスク、防護服、靴カバーと手袋の着用や、線量計の携行が義務付けられた。取材前後には全身の放射能測定と放射線の白血球への影響度を調べる検査も受けなければならない。防護服を着たときの暑さと、防護マスクを着けての写真撮影の不便さには閉口した。カメラ機材も放射能汚染を避けるためビニールやラップで包まれて、非常に操作性が悪くなった。汗や湿気で防護マスクのゴーグル部分の内側が曇り、何度もカメラのファインダーが全く見えなくなる。日本の原子力政策や東電、原発事業に従事する関係者に対しては批判や、賛否両論があるとは思う。しかし現在、この原発事故を何とか収束させようと厳しい環境の中、従事している作業員の方々には、私は素直に感謝を伝えたい。
放射能の危険もさることながら、これから気温が上がる夏に向けて、防護服とマスク姿での作業の厳しさが増すことは間違いない。一方で、自分に出来ることは、写真を撮りこの危機を伝え続けることだ。そうすることで少しでも事態が好転し、厳しい環境で作業に取り組む方々の力になればと願わずにはいられない。(写真/ロイター)
もうすぐ、一年ですね・・




