12/8真珠湾攻撃から70年、米ハワイで生存者らが追悼式典 | 東京リーシングと土地活用戦記

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

$東京リーシングと土地活用戦記


$東京リーシングと土地活用戦記


真珠湾攻撃から70年、米ハワイで生存者らが追悼式典

[ホノルル 7日 ロイター] 日米開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃から70年を迎えた7日(日本時間8日)、米ハワイの真珠湾で戦没者をしのぶ追悼式典が開かれた。約120人の生存者を含む5000人が参加した。

生存者の1人で、真珠湾攻撃当日は軍艦サンフランシスコで勤務していたマル・ミドルスウォースさん(88)は、「あの日、命を落とした全ての人に最大の敬意を表する」とあいさつした。ミドルスウォースさんはかつて「真珠湾生存者協会」の会長を務めており、「今享受している自由が無償で得られたものではないことを、米国の若者に理解してもらいたい」と続けた。

一方、現在94歳のエドワード・ウェンツラフさんは、日本軍からの機銃掃射と魚雷攻撃に挟まれる米艦を目撃したと話し、「人の焼ける臭いは吐き気を覚えるほどで、いつまでも鼻に付いた」と当時を振り返った。

日本軍によるこの攻撃で、米側の死者は約2400人、負傷者は1178人に上った。10艇以上の米軍艦が沈没または大破したほか、航空機323機が破壊された。中でも戦艦アリゾナは魚雷攻撃を受け、1177人の乗組員が死亡した。


真珠湾攻撃に参加した零戦搭乗員の記憶


元ゼロ戦パイロットが語る戦争の真実 - Zero Fighter pilot's testimony

$東京リーシングと土地活用戦記


真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島の攻防をくぐり抜けた元戦闘機パイロット
2011.8.28 07:00 (1/2ページ)[笠原健の信州読解]

講演する原田要氏=8月15日、長野市の市生涯学習センター

 真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島の攻防…。先の大戦で日米両軍が死闘を繰り広げた戦闘に加わった旧帝国海軍の元戦闘機パイロットが長野市内に住んでいる。原田要氏(95)がその人だ。

 終戦記念日の8月15日。長野市の市生涯学習センターで原田氏の講演会が開かれた。会合の冒頭、終戦の聖断を下された昭和天皇の玉音放送が流れて、原田氏が登壇した。

 原田氏は真珠湾攻撃で空母「蒼龍」の乗組員となり、機動部隊の上空直衛任務に就き、ミッドウェー海戦でもやはり「蒼龍」の戦闘機隊の小隊長として機動部隊の上空直衛を任された。そして、ガダルカナル島の攻防では空母「飛鷹」に乗艦し、九七式艦上攻撃機の護衛を命じられて愛機の零戦で敵機、グラマンと戦った。

 原田氏がなぜ戦闘機パイロットとなったのか、そして壮絶なその体験は最近、ジャーナリストの門田隆将氏が小学館から出版した「太平洋戦争最後の証言 第一部 零戦・特攻編」に記載されているので、ここでは詳しくは触れない。

 講演会で、原田氏は椅子に座ろうともせずに背筋をピンと伸ばして立ったまま。とても95歳の高齢とは思えない。背後のホワイトボードに日米両軍が激突した太平洋地域やガダルカナル島の手書きの戦闘地図を張り出して、飛行機の模型を持って当時の空戦の模様を再現してみせた。

とかくこうした体験談では自らの戦歴や戦果などを誇ることなどに陥りがちだが、原田氏の講演はまるでそうしたところがない。一方で、原田氏が語るミッドウェー海戦やガダルカナル島での激闘の模様は聞く者の心を揺さぶる。

 大正5(1916)年生まれの原田氏は真珠湾攻撃のときに25歳だった。門田氏がその著書の中で指摘したように大正世代の青年たちが先の大戦の主力となって戦った。原田氏のように当時を直接、知っている証言者の話を聴く機会は得がたい。長野県に勤務している間にぜひとも先の大戦に関する取材を進めたい。(産経 長野支局長 笠原健)

「ルーズベルトは狂気の男」 フーバー元大統領が批判
【産経ニュース 2011.12.7 22:41[歴史問題・昭和史]】

 【ワシントン】ハーバート・フーバー第31代米大統領(1874~1964年)が、日本軍が1941年12月8日、米ハワイの真珠湾を攻撃した際の大統領だったフランクリン・ルーズベルト(第32代、1882~1945年)について、「対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込む陰謀を図った『狂気の男』」と批判していたことが分かった。

 米歴史家のジョージ・ナッシュ氏が、これまで非公開だったフーバーのメモなどを基に著した「FREEDOM BETRAYED(裏切られた自由)」で明らかにした。

 真珠湾攻撃に関しては、ルーズベルトが対独戦に参戦する口実を作るため、攻撃を事前に察知しながら放置。ドイツと同盟国だった日本を対米戦に引きずり込もうとした-などとする“陰謀説”が日米の研究者の間で浮かんでは消えてきたが、米大統領経験者が“陰謀説”に言及していたことが判明したのは初めて。

 ナッシュ氏の著書によると、フーバーは第33代大統領のトルーマンの指示で戦後の日本などを視察。46年に訪日し、東京で連合国軍総司令部(GHQ)のマッカーサー元帥と会談した。


生きている証人さんたちも・・90才とかなんですね・・

ソロモン海戦とかで、空母、駆逐艦で戦った、

知り合いの地主さんも、90才です・・

靖国によく行くそうです。

戦争では、若い仲間がみんな死んだって・・

20才で受けた戦争を70年もせおっているんですね・