「復興ビジョン、首相に握りつぶされた」 松本健一内閣官房参与が激白
2011.8.18 23:59 (産経)
松本健一氏
松本健一内閣官房参与は18日までに産経新聞社のインタビューに応じ、仙谷由人官房副長官が中心となり東日本大震災の「復興ビジョン私案」を3月中に作成したが、菅直人首相はいったん了解しながら最終的に握りつぶしたことを明らかにした。
首相はその後肝いりで「復興構想会議」(議長・五百旗頭真防衛大学校長)を発足させ、会議は6月25日に提言をまとめたが、松本氏は「提言に私たちの案を超える内容は一つもなかった」と打ち明けた。
首相は「仙谷氏が脚光を浴びるのは面白くない」と考え私案を握りつぶしたようだが、これにより復興施策は大幅に遅れた公算が大きい。松本氏は「首相は自分が脚光を浴びつつ『よくやった』と喝采されたいところがある。国民の方を基本的に向いてこなかった」と指摘した。
また、松本氏は「復興の財源確保にあたっては被災者からもあまねく税をとるやり方はダメだ」と復興税の導入に反対したが、首相は「財務省がうんと言うかなあ」と聞き入れず、復興税に固執したことなども証言した。
東日本大震災発生から5カ月間、首相官邸は空転し続けた。首相は「人間の配置」「法律化のための手順」「お金」の3つをすぐに考えられないといけないんだけど、菅直人首相はそれができない。
「原発を止めろ」というのは思いつきなんだけど、その先の電力の手当てをどうするか。人を使うならその人に任せて「オレが責任をとる」と言わなければならないのに、すべて「自分が自分が」となってしまうんだな…。
「脱原発」を表明した時も、太陽光パネルを1千万戸に展開すると言った時も、菅さんは官邸の誰にも相談していない。自国では原発をやめちゃうけど、外国には輸出すると閣議決定するなんて論理矛盾も甚だしいことです。
菅さんは「オレはものすごく原子力に詳しい」と言っていたけれど、あれも30年前の状況を言っているだけ。素人ではないとはいえ、現在の原発がどうなっているかなんてあまり知らないと思いますよ。
3月17日に仙谷由人氏が官房副長官として官邸に戻ってきた。早速、復興のアイデアをまとめて届けたら「いいアイデアだから首相にも言っておいて。俺からも言っておくから」と言うので、23日に菅さんに面会して「復興ビジョン私案」を示し、了解を得た。勘はいいんですよ。そのとき私が復興の財源確保のために復興債を挙げると、菅さんはすぐに「償還はどうする?」と聞いてきた。
私は「復興債を発行し、10年先20年先の相続のとき減免すれば庶民には重税感もなく、すぐに復興財源はまかなえる」と主張したけど、菅さんは「財務省がうんと言うかなあ」と聞き入れなかった。財務省にのみこまれたといっていい。
そして1週間後には「復興構想会議をつくるから復興はそこでやっていく」と言い出した。そのころ復興は「チーム仙谷」で動いていたから菅さんは「脚光をこいつらが浴びるのはちょっと…」と思った。自分がやりたくなる。それが菅さん。国民の方を基本的に向いてこなかった。
でも、6月25日に出てきた構想会議の提言に、私たちの案を超える内容は一つもなかった。
こういう非常時には決まって「今ここでオレが出ていけば物事は解決できる」と勘違いした人物が出てくるもんです。徳川慶喜や近衛文麿元首相もその例でしょう。
菅さんには市民運動家のころから「いずれ首相になりたい」という野望はあったんでしょうが「首相になって何をやりたい」というのはなかった。だから政策をどうするとか、人脈を築くとか、具体的なものもない。結局外堀を埋められ、そして誰もいなくなった。それでは政治はできない。
菅さんは現実の人間を見て政治をやっていないんです。こんなだから外交でもじり貧の負け戦ばかり。先の大戦のミッドウェー海戦のように現実を見ず「ここで勝てば形勢を逆転できる」と思い込み、負け戦を繰り返す。それが10月の訪中計画だったりするわけですよ。
菅さんには自分が脚光を浴び、「よくやった」と喝采をされたいというところがある。そういう意味ではポピュリストなんです。戦時中の東条英機元首相なんかもそうだったよね…。(村上智博)
松本健一の思想旅行「長岡米百俵塾」
ポピュリズムの具体例 [編集]
ポピュリズム(人民主義):狭義には19世紀末~20世紀初頭のアメリカにおけるアメリカ人民党・民主党指導による大衆運動をいう。指導者はウィリアム・ジェニングス・ブライアンなど。ポピュリズムのエネルギーによって大企業の独占に対する規制(反トラスト法など)や平等や公正を志向する政策が実現された。
よくラテンアメリカのポプリスタ政権の典型として挙げられるのは、メキシコの制度的革命党(カルデナス)政権、アルゼンチンのペロニスタ(ペロン)政権、ブラジルのヴァルガス政権である。
また、1924年に結成されたペルーアプラ党(アヤ・デ・ラ・トーレ)、1941年結成のボリビア民族革命運動党(パス・エステンソロ)なども、ポプリスモ的な政策を掲げ、それぞれの国の政治に大きな影響力を及ぼした。
より新しいものではアルゼンチンのアルフォンシン(急進党)政権やキルチネル(正義党)政権、ペルーのアラン・ガルシア(アプラ党)政権、ベネズエラのチャベス政権などもポプリスモと呼ばれることが多い。
ポピュリズムの要素を持つとされる政権・政党 [編集]
キューバ:カストロ政権 - ポピュリズム的政権から社会主義体制に移行
ボリビア:モラレス政権
ペルー:フジモリ政権
コロンビア:アルバロ・ウリベ政権
インド:インド国民会議派
トルコ:ケマル主義(ムスタファ・ケマル)
リビア:カダフィ政権
ベラルーシ:ルカシェンコ政権
韓国:盧武鉉政権
ロシア:統一ロシア(プーチン政権・メドヴェージェフ政権)
タイ:タクシン政権
イラン:アフマディネジャド政権
イギリス:ウィルソン政権
名古屋市:河村たかし率いる減税日本
大阪府:橋下徹率いる大阪維新の会
阿久根市: 竹原信一独裁政権(2008~2010)
国政:中曽根康弘政権・小泉純一郎政権(自由民主党)、民主党、みんなの党
冷戦終結以降、ポピュリストと言った場合、ロシアのウラジーミル・ジリノフスキー(ロシア自由民主党)やフランスのジャン=マリー・ル・ペン(国民戦線)と言った極右を指すことも多い。
ポピュリストって・・
北朝鮮系の市民の党に、6500万円献金したことも
そうゆう事なんだろうか・・・
