横浜戸塚 トツカーナで、打ち合わせ!!  | 東京リーシングと土地活用戦記

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$むかい 弘 の 東京リーシングと土地活用戦記


地震のあとの、トツカーナで打ち合わせです。

横浜の戸塚駅前、オープン1年

東急不動産さんの大規模開発商業施設です。

東海道線とブルーラインの駅前で、国道1号線沿いの大型駅前施設、

駐車場も1300台程あり、とっても便利です。

地震の後、みなさん運営の方達は、一週間程泊まり込みで、頑張られて・・

たいへんだったとのことです。ご苦労様です。

はやく暖かくなってほしい・・

春がくるのがまちどうしいですねー・・

新しいショップは、5月オープン予定です。



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横浜市により1997年から進められてきた
戸塚駅西口第1地区第二種市街地再開発事業。
その共同ビルゾーンが2010年4月グランドオープン。
共同ビル棟の愛称として、戸塚区内をはじめ全国から991点もの応募があり、
その中から「トツカーナ(TOTSUKANA)」という名称に決定いたしました。

トツカーナモールと戸塚東急プラザの入る「トツカーナ」は、
地下1階と3階で戸塚駅と直結しています。

戸塚は江戸時代、東海道の宿場町として栄えた。明治になると東海道線が開通、戸塚駅が開業する。近代化に伴って日立製作所など、多くの工場が進出し、高度経済成長以降は丘陵地の造成が進み、東京・横浜のベッドタウンとなっている。横浜市の副都心として指定されている。都市整備は市中心部に比べて大幅に遅れている。特に新興開発地である東戸塚地区と異なり、戸塚駅の西口再開発事業は1962年の計画立案以来、商店主の反対もあって計画が大幅に遅れ、一帯の再開発が課題となっていたものの、2007年6月より本格的に事業が着手され工事も開始され、2010年4月に商業施設トツカーナが完成した。2012年秋に第2交通広場、戸塚区役所(新庁舎)などの公益施設度の完成を予定している。地権者はパチンコグループの東横である。面積は横浜市の区の中で最大である。人口は第3位。江戸時代になると五街道が整備され、程ヶ谷宿と藤沢宿(戸塚への宿場設置に反対していた)の間の宿駅として、両者より3年遅れた慶長9年(1604年)に矢部、吉田、戸塚を範囲とする戸塚宿が成立、幕末には東海道五十三次中、旅籠の数では小田原宿に次ぐ規模となった。のちに本陣となる沢辺家が、妹が岡津陣屋の代官彦坂元正の妾となっていた人脈を活かして幕府の裁許を得たようである。現在でも駐車場やコンビニエンスストアを経営している。なお、当家に設けられた寺子屋が富塚学舎となり、横浜市立戸塚小学校となった。もう一つの本陣内田家は、八坂神社などの大地主である。元々の戸塚区は、現在の瀬谷区(1969年分区)、泉区(1986年分区)、栄区(1986年分区)などを含んでいた。栄区、泉区の分区までは人口45万人で、全国政令指定都市の行政区中、最大であった。