バルタサル・グラシアン
(Wikipedia)
バルタザール・グラシアン(Baltasar Gracian, 1601年 - 1658年)は、スペインの哲学者、神学者。『処世神託』の著者。
イエズス会の神学校で教鞭を取る傍ら著述活動を始める。 その著作は数々の哲学者や思想家に多大な影響を及ぼした。 また1646年のスペイン・フランス戦争では、スペイン軍に従軍してカタルーニャで戦い、兵士達から「勝利の神父」と呼ばれ慕われた。
バルタザール・グラシアン『賢者の教え—せち辛い人生をいかに生きぬくか—』

こ の本は17世紀の名著の一冊といわれている。文明世界のあらゆる言語に翻訳されており、ヨーロッパの大思想家たちに多大な影響を与えた。たとえば、F・ニーチェは「ヨーロッパはいまだかって、これほど精妙にして複雑な人生の道徳律を生んだことはなかった」とし、またA・ショーペンハウエルは「バルタザールの著作は万人に訴える内容をもっている。しかし、ことに一流の人びとのための人生のよき手引書であり、なかでも、これから社会に乗り出し、一流をめざそうとする若者にこそふさわしい。通常、長い人生経験の末にしか学びとることのできない教訓を、グラシアンは前もって告げ知らせてくれるからである」と述べている。まさしく時代を超えて読み継がれている世界最強の処世訓であり、古今東西の偉人賢人たちの生き方を支えてくれた名著である。
著者バルタザール・グラシアン(1601-1658)はスペインのイエズス会の高僧 で学者、著述家であった。各地の神学校教授を歴任し、国王の顧問を務めた。編者J・レナード・ケイ(J.Leonard Kaye)は作家、作詞家で30年間にわたってグラシアン を研究し続けた人である。彼は「グラシアンの啓発的な言葉は、インスピレーションや活力を生み出す源である。」と指摘している。

グラシアンの生きていた17世紀は、堕落、貧困、偽善、そして世界的に道徳的価値観が崩壊していた。この様相は現代に酷似している。彼の箴言は、良識ある人びとに世の中に裏切りやペテンがあふれていることを繰り返し警告している。彼の思考の道筋や、冷静な、何ものにも動じない精神や油断のなさにしたがえば、仕事や政治、人間関係においておのずと力を得ることが出来るというのである。
本の内容は「グラシアンの回想 1」〈青春期の心の風景〉から始まり、「回想 9」〈人生、仕事を成功に導くために〉で終わり、その迫力に読者は引きつけられてしまう。その中から二、三の例をあげると、「どんな人もつねに賢人であるわけではない」、「小さな不運は大きな不運を呼びこむもとである」とか、「自分を苦しめる相手には一矢報いる機会を待て」といった具合である。
「人生の旅程を通じてつねに平衡の取れたものの見方をもち続ければ、最後には幸せな終末に出会うはずだ。」という結びの言葉に心がうたれる。ぜひ一読をお勧めしたい本である。
正しく生きるな、賢く生きよ。
バルタザール・グラシアンの賢人の知恵

バルタザール・グラシアン[著]
1,785円(税込)

善を持って生きる。
善を持って生きることで人は完成する。
善のある人は先を見通し、理解し、智慧と勇気を持つことができる。
親切で正直、そして用心深い人はみんなから崇拝される。
高潔、英知、理解は幸せの根幹だ。
善はこの世を上から照らし、安らかな心で覆ってくれる。
そのまばゆい美しさは神にも人にも崇拝されるだろう。
善のない美はなく、悪のない醜もない。
善は英知の神髄で、それ以外のものはすべて愚かなことだ。
財や富ではかるものではない。
善はそれだけで足れり。
生きている間に愛され、
亡くなってからも忘れられないのは善のあるひとだけだ。
愚か者が先延ばしにすることを、
賢者はただちに取りかかる。
せっかちは愚者の弱点である。
余すことなく欲してはならない
あまりにも幸福になり過ぎてかえって不幸にならないためである。肉体はひたすら呼吸しようと欲し、精神はもっぱら努力しようとする。
だが、全てを所有する者はだれもが全てに失望し、不満を持つ。そればかりか悟性も好奇心に誘われ期待をもったにしても、物事について不可知の部分をいくらか残しておくがよい。過度の幸福にひたることは命取りになる。
褒賞にあたっても完全に満足させないことが賢明である。もはや何物も欲しないという有様は全てを恐れることにつながる。不幸な幸福よ!欲望が終わると恐怖がはじまるのだ。
運命のトランプ・カード
ある者にとっての不運はしばしば他の者にとってはもっとも幸運な出来事である。なぜなら人は他の多くの者が不幸にならなければ、幸福になることはないからである。不幸な者の特徴的な態度とは他者の善意を要望することだ。
彼らは他者の無償の善意が彼らの運命の打撃を軽減することを願っているのだ。時々幸福の絶頂にある者が万人にとって不愉快千万であり、その半面、不幸な者が万人によって同情される有様が見受けられる。勝者に対する復讐心は敗者への共感に変化する。しかし賢者はいかに運命がトランプ・カードを混ぜるかを注視しなければならない。つねに敗者を応援する様子を示す連中がいる。
彼らが昨日実は勝者として忌避していた者が、今日はなんと敗者となって彼らに身を寄せているのだ。この態度はときには気高い気持の表れと見られないことはないが、賢明さを示しているわけではない。
石山 俊一 バルタザール・グラシアン『賢者の教え―せち辛い人生をいかに生きぬくか―』 1993年、経済界、1165円
こ の本は17世紀の名著の一冊といわれている。文明世界のあらゆる言語に翻訳されており、ヨーロッパの大思想家たちに多大な影響を与えた。たとえば、F・ニーチェは「ヨーロッパはいまだかって、これほど精妙にして複雑な人生の道徳律を生んだことはなかった」とし、またA・ショーペンハウエルは「バルタザールの著作は万人に訴える内容をもっている。しかし、ことに一流の人びとのための人生のよき手引書であり、なかでも、これから社会に乗り出し、一流をめざそうとする若者にこそふさわしい。通常、長い人生経験の末にしか学びとることのできない教訓を、グラシアンは前もって告げ知らせてくれるからである」と述べている。まさしく時代を超えて読み継がれている世界最強の処世訓であり、古今東西の偉人賢人たちの生き方を支えてくれた名著である。
著者バルタザール・グラシアン(1601-1658)はスペインのイエズス会の高僧 で学者、著述家であった。各地の神学校教授を歴任し、国王の顧問を務めた。編者J・レナード・ケイ(J.Leonard Kaye)は作家、作詞家で30年間にわたってグラシアン を研究し続けた人である。彼は「グラシアンの啓発的な言葉は、インスピレーションや活力を生み出す源である。」と指摘している。
グラシアンの生きていた17世紀は、堕落、貧困、偽善、そして世界的に道徳的価値観が崩壊していた。この様相は現代に酷似している。彼の箴言は、良識ある人びとに世の中に裏切りやペテンがあふれていることを繰り返し警告している。彼の思考の道筋や、冷静な、何ものにも動じない精神や油断のなさにしたがえば、仕事や政治、人間関係においておのずと力を得ることが出来るというのである。
本の内容は「グラシアンの回想 1」〈青春期の心の風景〉から始まり、「回想 9」〈人生、仕事を成功に導くために〉で終わり、その迫力に読者は引きつけられてしまう。その中から二、三の例をあげると、「どんな人もつねに賢人であるわけではない」、「小さな不運は大きな不運を呼びこむもとである」とか、「自分を苦しめる相手には一矢報いる機会を待て」といった具合である。
これから人生を生き抜こうとする若い人びとには最適な指南書である。「人生の旅程を通じてつねに平衡の取れたものの見方をもち続ければ、最後には幸せな終末に出会うはずだ。」という結びの言葉に心がうたれる。若い人びとにぜひ一読をお勧めしたい本である。
2009.6の再掲です。
バルタザール・グラシアンは、
中世スペインのイエズス会の高僧であり、
この著書は、世界中で翻訳されています。
最近の日本、混迷する現代人への生きる指南書としてもとても参考になると思います。
グラシアンは、いろいろ集めて、6冊になりました。
最近は、電車に乗っていても・・マナーのない人がとても増えている。
若い人も、老人も・・・もっと余裕を持って行きたいですよね・・・
