【第94回】 2010年6月25日 ダイヤモンド
岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
増税論議が示すジャーナリズムの貧困
いよいよ7月11日の参院選に向けた選挙戦が始まりました。
選挙戦での一番の争点は消費税増税と財政再建になりそうですが、それに関しては、政治の主張のレベルもさることながら、それを報道するメディアの側にも問題が多いと言わざるを得ません。
論外なマニフェストの主張
二大政党である民主党も自民党も消費税増税をマニフェストで訴えています。民主党はマニフェストでは明示していませんが、菅総理が10%という数字も含めて明言していますので、公約に含まれると考えるべきです。
しかし、先週も書いたように、両党の主張は明らかに間違っています。繰り返しになるのでポイントだけ書くと、二つの問題があります。
一つは、デフレ下での消費税増税は更にデフレを悪化させるという、マクロ経済運営の観点からは最悪の選択肢であるということです。デフレが更に悪化すると、増税に伴う税収増は期待ほど増えませんので、更に増税が必要になります。増税→デフレ→増税、という悪循環に陥る危険性が高いのです。
もう一つは、公務員給与の削減もせずに消費税増税を目指すのは、国民に対する背信行為だということです。財政再建は当然必要ですが、消費税増税は最後の手段のはずです。
まずは公務員や国会議員の給与削減、政府資産の最大限の売却、埋蔵金の最後の一円までの発掘など、やれることはたくさんあるのに、それらが不十分なままで消費税増税を訴えるのは、キャリア官僚べったりだった自民党と、今や政治主導から官僚主導へと路線変更した菅民主党らしい主張と言えます。
消費税増税の主張の背景には、ヨーロッパでの財政再建・増税ブームがあるはずです。そうでないと、二大政党が両方とも消費税増税を強く主張することなどあり得ません。世界の流行に弱い日本らしいと言えばそれまでですが、ここでも留意すべきは、流行の表面しか追っていないということです。
増税の前に、公務員給与削減とデフレ克服を
例えば財政危機のギリシャをはじめとするヨーロッパの幾つかの国は、消費税に相当する付加価値税の税率を上げましたが、同時に公務員の数と給与の削減、年金削減などの厳しい歳出削減を行なっています。英国は大規模な財政赤字の再建に乗り出しましたが、その8割は歳出削減で賄うと言われています。かつ、もっとも重要なポイントとして、“増税ブーム”の元であるこれらの国の経済はデフレではありません。日本の経済状況とは根本的に異なるのです。
これらの点を考えると、政策としては、1~2年でデフレ克服と公務員給与削減などの政府の無駄削減を行ない、その両者が達成された段階で消費税を増税する、という順番が不可欠です。
大新聞の社説から分かる
ジャーナリズムの貧困
さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。以上から明らかなように、政治の側の消費税増税という主張には問題が多いのですが、メディアの側でそれを正しく批判しているところがあまりに少ないのです。
先週の17日(木)に民主党と自民党のマニフェストが発表されましたが、その翌日18日(金)の主要紙の朝刊を読んで、心底びっくりするとともに呆れました。大半が消費税増税を歓迎しているのです。
18日(金)主要紙の社説を見てみると、日経は“消費税を含めた税制の抜本改革は自民党政権が先送りを続けてきた難しい課題である。参院選の前に増税への基本的な考え方を表明した首相の決断を歓迎したい”と、朝日新聞は“消費税率は単なる財政再建の手段ではない。(中略)国の基本設計にかかわる課題だ。選挙後ただちに超党派の検討の場を設け、早急に方向を定めるべきだ”と、産経新聞は“菅首相は消費税について「今年度中に税率や逆進性対策を含む改革案をとりまとめていきたい」と踏み込んだ。財政再建路線に転じること自体は好ましい変化と言えよう”と、主張しています。
評価できる社説は唯一、東京新聞ぐらい
読売新聞は18日(金)の社説では主張を明確にしていませんでしたが、20日(日)になって“国民に痛みを伴う増税であっても、必要性を堂々と訴えることが政治の責任である。選挙戦での活発な論争を期待したい”と、他紙と同様に消費税増税に前向きになっています。
つまり、主要紙がすべて消費税増税に前向きな評価をしているのです。唯一、東京新聞だけは18日(金)の社説で“消費税よりも、まず行政の無駄をなくすことに、党派を超えて力を合わせるべきではないか”と主張しており、部分的(デフレ下での消費税増税は論外という論点がない)ではありますが、正しい批判を行なっていました。
この日本の大新聞の社説のレベルの低さは何なのでしょうか。私が最初に説明した消費税増税の問題点は決して難しいことではなく、ちょっと考えればすぐに分かることです。単にそれが分からなかったのか、または敢えて捨象したのかは定かではありません。しかし、仮に消費税増税という間違った主張に新聞社として賛成であっても、その問題点を明らかにして国民が主体的に考えられるようにすることは、ジャーナリズムの担い手としての新聞の使命ではないでしょうか。
新聞によっては、国民の多くが消費税増税に賛成という世論調査の結果も発表していますが、上記のような偏った論調を読まされていては、国民だって判断を間違えてしまうのではないでしょうか。
ついでに言えば、22日(火)には“財政運営戦略”が閣議決定されましたが、その翌日の大新聞の社説を見ると、各紙とも財務省の説明どおりに“財政再建は大変、消費税増税は必要”というトーンになっています。批判的な論評どころか、従軍記者そのものです。
日本の新聞メディアのレベルについては当然以前からよく知っていますが、今回の消費税増税を巡る社説を見て改めて愕然としました。戦時中に軍部の方針の追認という間違った政策判断をした大政翼賛会と、それを正しく糾弾しなかったメディアとの関係に似ているのではないでしょうか。
私は、これまでどちらかと言えばマスメディアの応援団でした。ネットがマスメディアを崩壊させかねないけど、マスメディアはジャーナリズムを支える存在なので、ネット時代を生き残れるようにビジネスモデルを進化させようと主張してきました。
しかし、今回のような程度の社説しか書けないようなら、日本の新聞メディアはジャーナリズムを支えているとは到底言えません。ジャーナリズムを貫いている欧米の新聞メディアは生き残るべきと言えますが、今の日本の新聞メディアは違うのかもしれません。それでも生き残りたいなら、ビジネスモデルの前にまず社説や記事のクオリティを上げることから始めないといけないのではないでしょうか。
岸博幸 Wekipedia
きし ひろゆき
岸 博幸
生誕 1962年9月1日(47歳)
日本 東京都
出身校 一橋大学
コロンビア大学大学院
職業 公務員、大学教員、会社役員
岸 博幸(きし ひろゆき、1962年9月1日 - )は、日本の経産官僚。総務大臣秘書官等を経て、慶應義塾大学大学院教授。
1962年東京都生まれ。東京都立日比谷高等学校、一橋大学経済学部卒業後、1986年通商産業省入省。同期入省者に鈴木寛(民主党所属参議院議員)、藤末健三(民主党所属参議院議員)、中尾泰久(経済産業省国際経済課長)らがいる。
その後アメリカに留学し、1992年コロンビア大学経営大学院を修了し、経営学修士。
通産省通商政策局総務課、工業技術院総務部産業科学技術開発室を経て、1995年より朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)に出向、1998年、通産省が改称した経済産業省に復職。その後、資源エネルギー庁長官官房国際資源課を経て、2000年内閣官房情報通信技術(IT)担当室に出向した。
2001年の第1次小泉内閣発足を機に、経済財政政策担当大臣補佐官に就任(大臣は竹中平蔵)、2002年からは金融担当大臣補佐官兼務。2004年以降は竹中の政務担当秘書官に就任。側近として、情報通信政策や郵政民営化などに携わる。「B層」の言葉が生まれるきっかけとなった宣伝企画立案を行なった、広告会社『スリード』の代表を竹中に引き合わせたのも岸である。
また高級官僚の仕事の傍ら、1998年に坂本龍一らと共にメディア・アーティスト協会を設立、同協会事務局長を2000年に同協会が解散するまで務め、著作権保護のあり方についての議論に加わった。
2004年からは慶應義塾大学助教授に就任。総務大臣となった竹中の秘書官を兼任した。2006年に第3次小泉改造内閣の内閣総辞職及び、竹中の議員辞職にあわせ、経済産業省を退官し、慶應義塾大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授に就任、2年後の2008年に慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授に就任した。ほかに、2007年から2010年3月までエイベックス・グループ・ホールディングス株式会社取締役コーポレート企画本部担当。2008年から総務省通信・放送問題タスクフォース委員も務める。
2008年6月には、衆議院議員の江田憲司や元財務官僚の高橋洋一らと共に「官僚国家日本を変える元官僚の会(脱藩官僚の会)」を設立。いわゆる脱藩官僚としてテレビ番組などにも出演する。
2010年4月よりエイベックス・マーケティング株式会社取締役。
参議院選が、始まった。
みんな消費税反対って、言っているよね・・・当然!!
そうだそぅだ!!!

