天は自ら助くる者を助く? イソップ物語!!?? スマイルズ?? | 東京リーシングと土地活用戦記

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2001/11/06 天は自ら助くる者を助く?

数週間前、"God helps those who help themselves"という言葉がオーストラリア出身の友人の口から出た時にはちょっと驚いた。日本語では「天は自ら助くる者を助く」(自力で努力する人には天が援助を与える、という意味)だと思うが、これは日本のことわざだとばかり思っていたからだ。なぜそう思い込んでいたか? それはこのことわざがキリスト教の教えとはまったく逆の内容で、まさか西洋のものだとは想像すらできなかったからだ。友人は昨日もこのことわざをつぶやき、「僕の母親がこのことわざをよく口にしていた。日曜学校でもこの言葉を聞いたような気がする」と言った。私は自分の耳を疑った。クリスチャンになって10年以上になるが、聖書を読んでいてこの言葉に出会った記憶がまったくないのだ。しかもその内容からしてこれが聖書の言葉だとはとても信じられなかった。「聖書のどの箇所?」と私が聞くと、彼はわからないと言った。

昨夜、家に帰って早速聖書を調べてみた。私が持っている英語の聖書には索引がついており、一つの単語から聖書のどこにその言葉が使われているか簡単に調べることができる。意外なことにhelpという単語が名詞形または動詞の現在形で使われている箇所は25箇所しかなかった。そして、"God helps those who help themselves"という言葉は聖書のどこにも見当たらなかったのだ。ちょっとホッとした反面、友人はひょっとしたらカトリック教徒かもしれない、とも考えた。カトリックの人々が使う聖書はプロテスタントのそれとは少し違うのだ。というわけで、今度はインターネットを使って調べてみた。いろいろなホームページを見てみたが、私が知りたかったことをズバリ教えてくれるサイトを2つ見つけた。1つはNorth Heartland Community Churchのサイト、もう一つはActs 17:11 Bible Studiesのサイトだった。この2つのサイトによると、このことわざはやはり聖書に由来するものではなかった。が、ある調査によるとアメリカ人の82%がこの言葉が聖書からの引用だと信じているそうである。オーストラリア出身の友人が勘違いしているのも無理はなかった。North Heartland Community Churchのホームページによると、

 この言葉はもともとイソップ物語から来ているらしい。それはこんな話だ。『ある御者が重い荷物を荷馬車に積み、泥でぬかるんだ道を進んでいた。途中で荷馬車の車輪の半分がぬかるみに沈んでしまった。馬が引っ張れば引っ張るほど車輪はぬかるみに沈んでいく。御者は馬の鞭を放り投げ、ひざまづいてヘラクレス(ギリシャ神話の英雄)に祈った、「ああ、ヘラクレス様、この窮地から私を助けてください。」するとヘラクレスは彼の前に現れ、こう言った、「男よ、そんなところで怠けるんじゃない。立ち上がってお前の肩を車輪にあてがいなさい。神々は自らを助ける者を助けるのだ。

ある意味、この話は正しいと思う。「神にすべて任せていれば大丈夫」と、ただあぐらをかいてじっとしているだけではダメだ。でも、自分だけを頼りにしてがむしゃらに突き進むのも違うと思う。クリスチャンが第一に頼りにしなければならないのは、「自ら」ではなく「神様」なのだ。聖書の中にこんな言葉がある。「自分の心にたよる者は愚かな者」(箴言 28:26) 自分にしがみつくのはもうやめよう。

http://homepage2.nifty.com/usagiclub/011106.htm

自助努力と神頼み

 『イソップ寓話集』より、
 或るアテナイ人が他の人々と一緒に航海していました。ところが烈しい嵐が起こって船が転覆しましたので、他の人々は皆泳いで助かろうとしていましたが、そのアテナイ人は絶えず女神アテナに助けを求めながら、もし命を助けて下さいましたら、たくさんのお供物を捧げますと約束しているばかりでした。一緒に遭難した人々の一人が彼のそばに泳いで来て「アテナのお助けを受けてあなたも手を動かしなさい」と言いました。

 災難に陥った人々は自分のために努力して、その上で神に助けを願わなければなりません。
 危機に陥った時に、助かろうと努力するのは当たり前のことです。
 ただ嘆いたり、助けを求めたりしていても、助けてくれる人がいなければ無駄なことです。
 助かる可能性がある限り、自分で努力することが大事です。

 つらい時や不幸な時に、「自分を助けよう」と努力している人はそんなには多くないでしょう。
 「自分を助ける」ということを考えたこともない人もいれば、どういう意味だかわからないという人もいると思います。
 たとえば、つらい時に自分を励ます言葉や心を支える言葉を自分にかける、幸せになる考え方を心がける、「いいんだよ」と言ってあげる、・・・。

もういいんだよ

 神頼みは、信仰心がある人には心の支えにはなるのでしょう。
 でも、その支えを力に自分が努力することが肝心なのでしょう。

  『自分に対して「最良の援助者」になれ』 スマイルズ

  『天は自ら助くる者を助く』

 自分で努力しない人は、神様も仏様も(人も?)助けてはくれないのではないでしょうか。

http://www.shiawasehp.net/diary/201006/13.html



水木しげるさんとこも、すきな言葉らしいです。

聖書からの引用という話しが多いらしいですが、

イソップらしいとのはなしです。

インターネットって便利ですねーー!!

明日も、仕事ガンバローー!!