官僚たち「すり寄り」の夏
2009年8月17日 AERA
呆れるほど鮮やかな手のひらの返し方である。霞が関の各省は、
まだ自民党の大臣を戴いているのに民主党に露骨にすり寄る。
民主党よ、騙されてはダメである。
財務省の香川俊介氏(53)はまた一つ出世の階段を上がった。7月14日付で主計局の次長から局長に一歩手前の総括審議官に就いたのである。
香川氏は東大法学部を卒業後、1979年に旧大蔵省(現財務省)に入った。入省同期には優秀な人材がそろい、安倍晋三元首相の秘書官を務めた田中一穂審議官(主税局担当)や木下康司主計局次長がいる。彼は今回の異動で、これまで同期の先頭を走っていたその2人を追い越し、一足早く局長寸前のポストを射止めた。
その理由は、彼が民主党の小沢一郎前代表からの信任が厚いことと見られている。香川氏は、小沢氏が87年に竹下内閣で官房副長官になった際に秘書官を務めた。小沢氏が「大蔵省にはこんな優秀な人材がいたのか」と驚いたという逸材で、後に英国の2大政党政治を調べたレポートを執筆し、小沢氏に提言してもいる。
「彼は『新官僚』だな。世の流れの先を見て、政治家に提言する」
財務省の局長級OBは、そう手放しで称賛した。
もっとも、こんな評価もある。
「権力に媚びるのがうまい人。私が中枢にいたときには、さして親しくもないのに『ゴロニャン』と接近してきた。香川さんを凄いと思っているようじゃあ、小沢さんのオツムもしれるよ」(別の財務省OB)
信頼厚い財務省小沢番
香川氏は公共事業担当の主計官を長く務めた。主計官の職務は、厳しい予算査定で無駄を削る印象があるが、実態は当該官庁と族議員の利益代弁者という顔も持つ。「彼は甘い需要予測で査定し、国土交通省と持ちつ持たれつだった」(同)という指摘もある。
全国紙や放送局の政治取材部門には、有力な政治家に担当記者を張り付ける「番記者」という仕組みがある。最強の官庁の財務省も同様に、有力な政治家には「番」を配する。四六時中政治家と行動をともにする秘書官づとめをすると、当然親密になる。香川氏は小沢番だ。
「小泉色」中和の思惑
自公両党が野に下るのはもはや避けられそうにない。このままでは民主党の大勝になるかもしれない。「世の流れの先を読む」という鼻のきく官僚たちは、早くも7月初めの段階でその布石を打っている。財務省は、民主党が「格差社会を招いた」と糾弾する小泉内閣で首相秘書官を務めた丹呉泰健氏を主計局長から事務次官に昇格させる一方、小沢氏にパイプを持つ香川氏の抜擢を決めた。丹呉次官の「小泉色」を中和するとともに、霞が関改革を唱える民主党の矛先から財務省を免れさせようという狙いがあるとみられる。
外務省もまだ麻生自公政権下だというのに、さっそく「鳩山番」を官邸に送り込んだ。北米一課長だった山野内勘二氏(51)を7月21日付で内閣参事官(官房副長官補付)に起用した。山野内氏は、細川連立政権で官房副長官だった鳩山由紀夫現民主党代表の秘書官を務めたことがある。当然、鳩山首相誕生が秒読みと見て、外務省が送り込んだ人事と受け止められている。
外務省はこの1月には、在ジュネーブ国際機関政府代表部大使兼ジュネーブ総領事だった宮川真喜雄氏(58)を大臣官房審議官兼国際協力局地球規模課題担当として東京に呼び戻してもいる。宮川氏も財務省の香川氏同様、小沢氏の官房副長官時代の秘書官だった。
経済産業省は一時は望月晴文事務次官を筆頭に省をあげて民主党に接近する動きを見せたが、その策動が自民党の二階俊博経産相の知るところとなり、二階大臣が「これから選挙で戦う相手に対して何事か」と事務方を激しく叱責した。以来、表面的な動きは沈静化したものの、水面下では民主党工作が秘かに繰り広げられている。
大臣に睨まれたせいか、関係者の口は堅いが、民主党対策に動いているのは大臣官房の課長ら同省中枢の幹部たちだ。該当の課長は「そんなことはしていません。通常業務の範囲内の接触です」というが、応対した民主党議員の関係者は「協力したいということでした」と打ち明ける。
対岡田で要員を確保
旧通産官僚出身の岡田克也氏が民主党の幹事長職にあることも手伝ってか、岡田氏の同期である76年入省組は今夏の人事で退任する者はいなかった。その下の77年入省組には退任する人がいるのにである。
「岡田さんに働きかけられる要員を確保しておきたいのではないか」
省内でそう勘ぐられている。
自民党の大臣を戴いているにもかかわらず、各省は手のひらを返すように敵方の民主党に寝返る(囲み記事参照)。まだ選挙結果が判明していないのに、各省は濃淡はあれ、民主党政権をにらんだ人事を発令している。「官僚を使いこなす」と終始、霞が関に擁護的だったのは自民党の与謝野馨財務相だが、事務方の官僚が民主党対策に動くのを止められない。
「政権党の自民党の大臣がこうした動きを許してしまっているのは不思議です。各省が自律的に自主的に動いている。日本の官僚制のオートノマス(自治権)たるやすごいものです」
財務官僚出身の森信茂樹中央大大学院教授は、そう指摘する。英国や豪州の官僚が政治家への接触を厳しく制限されているのとは、大違いだという。
省庁の幹部人事を一元化する内閣人事局設置を盛り込んだ国家公務員法の改正案は、衆院解散によって廃案となった。すると、同法案の取りまとめ作業にあたってきた国家公務員制度改革推進本部事務局は、国家公務員でつくる労働組合への働きかけを強めようとしている。同事務局の松田隆利次長(元総務事務次官)は、公務員労組の上部団体である連合に「パイプを持っている」(官公労系労働団体幹部)と言われる。霞が関のキャリア組も、末端の労組員の公務員も、劇的な改革は願い下げの点では一致する。「55年体制」的な野合も始まっている。
「過去官僚」議員に狙い
民主党のスター議員周辺は「いったい誰を信じればいいのやら」とこぼすほど、各省のロビイング攻勢にあっている。自薦他薦がひっきりなしで、有力紙論説委員も「信頼できる官僚がいる」と紹介に訪れる。そんな様子を聞いてある脱藩官僚は、
「突然やってくる者を信じちゃダメです。すり寄る官僚に『キミは役所を辞めてついてくる覚悟はあるか』と聞いて、それでも来る者だけを信じればいい」
とアドバイスする。
霞が関があてにするのは、民主党内の「過去官僚」たちだ。旧通産省出身の松井孝治参院議員、旧大蔵省出身の古川元久氏、藤井裕久氏ら官僚出身者は、自民党の与謝野氏同様「官僚を使いこなす」ことのほうに力点を置きがちだ。藤井氏は鳩山政権で事務の官房副長官に就くと噂される。旧通産官僚時代に官邸勤務の経験がある松井氏は、民主党がマニフェストで公約した「国家戦略局」などの制度設計に起用されると見られている。官邸や役所のしきたりや有職故実に詳しい彼ら過去官僚は、政権「若葉マーク」の党首脳部から、頼りがいがあるように見えるのだ。
「まな板~」の検事総長
財務、経産など一流官庁がしたたかに働きかけをする半面、それ以外の省庁は戦々恐々だ。たとえば、民主党の支持基盤のひとつである日教組と対立してきた文部科学省にとって、まるで文科省解体ともいうべき民主党の政策は頭が痛い。
同党の文教政策は、1教育委員会を見直し、教育行政の監視機関を設置する、2公立小中学校は地域や保護者らが作る「学校理事会」が運営する、3教科書は現在の広域採択から段階的に学校単位の採択に移行する、と文科省の権限を大幅に縮小する内容が目白押しだ。公立高校の無償化や私立高校の授業料の助成、子ども手当など個人に給付する仕組みが多用されている点も、文科省の権限を確実に弱める。文科省は、日本私立学校振興・共済事業団や日本学生支援機構などOBの天下り先団体を通じて税金をピンハネしつつ配分してきたが、個人への直接給付が進めば、こうした間接的なバラマキ機関はいらなくなる。OBたちも優雅な天下り生活を満喫できなくなる。
日教組の中村譲委員長は民主党マニフェストの2番目に文教政策が盛り込まれたのに驚いた。
「民主党とは議論はしてきましたが、こんな重点政策の扱いになるとは予想していませんでした。教育委員会制度の解消とか、文科省は嫌だろうなあ」
民主党の文教政策取りまとめにあたった鈴木寛参院議員も、
「公立学校教育のガバナンスを改める時期に来ています。もっと学校現場に権限を与えなければなりません」
と言う。鈴木氏のもとへは同省の「ハイレベルな論客の官僚」(同氏)が説明に訪れる頻度が、めっきり増えてきた。
総選挙前に小沢氏の秘書を逮捕し、自公政権延命に力を貸そうとした法務省・検察庁も困惑しているだろう。樋渡利秋検事総長と佐久間達哉東京地検特捜部長はまな板の鯉の心境に違いない。
民主党は人権重視の政策として1取り調べ過程のビデオ撮影による可視化、2刑事裁判での検察官手持ち資料の一覧表の作成と開示を盛り込んだ。検事が加担した冤罪事件が頻発する中で、法務・検察の透明性確保は国民にとって望ましいことである。
財務省の意向すでに
民主党は政権掌握後、首相直属の「国家戦略局」を設置し、官民から集めた人材で国家ビジョンの作成や政治主導の予算案づくりにあたることにしている。「行政刷新会議」を設け、官僚社会のムダや非効率の見直しにも取り組む。事務次官会議を廃止し、事務次官や局長など幹部人事は政治主導で決めることにもしている。天下りとわたりも全面禁止する。
霞が関のありようを抜本的に見直す気構えだが、そうした制度設計には早くも「ぜひ私どももお手伝いしたい」(経産省幹部)などと霞が関の一流官庁が介在しようとしている。
すでにその兆候はある。たとえば、国家戦略局の役割は、財務省主計局の握る予算編成権を政治が握る点にあると思われてきたが、注意深く同党のマニフェストを読むと、「予算の骨格を策定する」と後退した表現になっている。民主党は、旧来の与党税調を廃止する代わりに、財務大臣の下に政府税調をおく方針を示したが、これでは事務方の財務省に牛耳られるおそれがある。マニフェストづくりの段階からすでに財務省の意向が反映しているように見える。
ウブな民主党よ、老獪な霞が関に騙されてはいけない。
そうだー!!! そうだー!!! なめられんなよーーー!!!
