猪瀬直樹の「眼からウロコ」
14万戸もある「雇用促進住宅」とは何か?
厚生労働省のおかしな雇用・能力開発政策は見直すべきだ
「雇用促進住宅はもともと失業者向けではない」──。厚生労働省の役人はそう開き直った。雇用・能力開発機構が保有する雇用促進住宅は、雇用保険が財源。いわば失業者の生き血を吸って建てられたようなものだ。しかし、そこに失業者が入居することは難しいというのである。
分権委員会で厚労省に「雇用促進住宅」について質す
年越し派遣村に集まった失業者に対して、厚生労働省は無力だった。結局は地方自治体まかせで、厚生労働省が独自にやったことといえば「雇用促進住宅の入居斡旋」だけ。それも、3000件足らずにとどまっている。もっと雇用促進住宅を使えばいいのに、消極的な厚生労働省の姿勢はおかしい。何かを隠しているのではないか。僕は資料を請求して、2月18日の地方分権改革推進委員会で雇用促進住宅について質した。
猪瀬 雇用保険のうち、失業給付は労使折半だが、雇用安定事業、能力開発事業については事業主の全額負担である。派遣切り問題では会社が攻撃されているが、じつはセーフティネットを張っている国に問題があるのではないか。その最たるものが雇用・能力開発機構だと思う。雇用促進住宅の入居率は7割を満たしておらず、空室が多い。
宮川・厚生労働省職業安定局総務課長 雇用促進住宅は、遅くとも2021年までにすべて売却するようにとされている。そこで、新たな入居を廃止し、空き部屋を増やして売却に備えていたが、厳しい雇用情勢を踏まえて最大限活用することにした。
猪瀬 厚生労働省から提出された資料によれば、雇用促進住宅14万戸の総建設費(土地代含む)は約1兆円。そのうち2656戸を45億円で売却している。総戸数の5%を売却して45億円ということだが、1兆円の5%は500億円だから、おかしくはないか。
宮川課長 雇用促進住宅は平均して築後30年なので、売却にあたって基礎となる不動産鑑定額が、経年劣化などさまざまな状況で建設費よりも低下している。
猪瀬 1126戸もある大阪府の物件が、たったの21億円で売却されている。建物が古いとしても、土地面積は相当大きいのだから、安すぎるのではないか。
宮川課長 24億円で建てたものが、21億円で売れている。
猪瀬 土地の大きさはどれくらいか。また、何年くらい前のものなのか。
宮川課長 敷地面積は24044平方メートル(約7000坪)。運営開始は1972年頃。
猪瀬 7000坪で21億円ということは、1坪30万円。50坪の1戸建てなら、わずか1500万円だ。立地が不便だとしても安すぎる。また、1972年頃に24億円ということは、バブル崩壊後の地価下落を考慮に入れても、多少は値上がりしているはずだ。
ところで、東京都にある雇用促進住宅で家賃は最高額はいくらですか。高い家賃で「家賃の3倍の年収」という条件がつくと、失業者はなかなか入れない。
宮川課長 雇用促進住宅はもともと失業者向けではなく、移転就職者用の宿舎。高度成長期において労働移動が活発化しているなかで、住宅のない人に入ってもらう政策だった。
理不尽なまでに厳しい入居条件、しかも厚労省OBなどが私物化
UR(都市再生機構)は70万戸の公団住宅を運営しており、国民にもその存在が広く知られている。そのUR関係者に「雇用促進住宅というのが14万戸ありますよね」という話をしたところ、「そんなにあるんですか」と驚かれた。同業者でもその程度の認識なのだ。14万戸の雇用促進住宅が存在する風景を知っている国民はほとんどいない。
なぜ国民に知られていないかといえば、そもそも募集告知が充分に行われていないからだ。14万戸という巨大な賃貸物件が、普通の賃貸市場に出回っていない。失業者がそこに入りたいと思っても、どこで手続きすればいいかもわからないのである。
また、手続きできたとしても、入居条件が理不尽なまでに厳しい。たとえば東京都江東区に「サン・コーポラス潮見」という雇用促進住宅がある。ここの家賃・共益費は8万7650円。入居を希望した場合には、少し前までは家賃の4倍の月収35万円が必要だった。
医者や薬剤師のように稼げる資格を持っているのならともかく、普通の失業者が仕事にありつけたとしても、せいぜい20万円ちょっとの月収。入居条件を満たすのは不可能だ。僕が2003年にこの問題を追及した後、入居条件は家賃の3倍に緩和されたが、それでも普通の労働者には厳しい。
入居の審査過程も不透明だ。ハローワークの所長印がなければ入居が許可されないのだが、そのためにコネ入居が横行している。過去には、厚生労働省OBの政治家秘書が11年間も居座っていたケースもあった。
ハローワークで失業者に雇用促進住宅を案内することすらせずに、厚生労働省とOBが雇用促進住宅を私物化。本当に住居が必要な人に雇用促進住宅があてがわれてこなかった。
天下り役員を養うために存在しているのか
もともと雇用促進住宅は、炭鉱閉鎖にともなって都市部に流入してきた労働者のために、1970年代に自立支援政策として始められた事業である。今ではその目的を果たし終えているのだが、雇用保険を使って建てられた以上、失業者のために使われるべき住宅だ。
しかし、厚生労働省は「もともと失業者向けではない」という方針を基本的には崩さない。入居のハードルを高くして、失業者を排除している。だったら、そんな住宅は早く売却するか、地方自治体に譲って地域の雇用政策に任せた方がよい。
厚生労働省が、雇用促進住宅事業に真剣に取り組まないのには理由がある。雇用促進住宅の運営を委託されている財団法人雇用振興協会に勤める4人の常勤役員のうち、3人が厚生労働省出身なのだ。おそらく1人あたり1500万円以上の年収をもらっている。雇用促進住宅というのは、労働者のためのものではなく、厚生労働省の天下り役人を養うために存在しているのではないか。
「職業能力開発センター」と「職業能力開発促進センター」?
厚生労働省のおかしな雇用政策はまだある。能力開発事業の「二重行政」の実態を知るために、僕は2月16日に、東京・飯田橋の「東京しごとセンター」、東京・板橋の「中央・城北職業能力開発センター板橋校」などを視察した。これらは東京都が都民のために設置した施設である。
東京しごとセンターでは、若年、中高年、ニート・フリーター対策など、都市のニーズに応じたきめ細かい窓口を設けている。ところが、東京しごとセンターが入っている飯田橋のビルには、ハローワークの窓口が入っている。ワンストップサービスのためにハローワークにも来てもらっているのだ。典型的な二重行政だ。国が無料職業紹介のネットワーク端末をハローワークの国家公務員にしか触らせないように規制しているので、東京都としては利用者のためにハローワークに場所を提供するしかない。
一方、職業能力開発センターは、地域の中小企業の社長が休日返上で技術を教える「名工塾」など、地域の雇用ニーズに足る人材育成に一役買っている。視察した板橋校の就職率は9割近くあり、介護関連では就職率100%だ。しかし、都内には別に雇用・能力開発機構の「ポリテクセンター(職業能力開発促進センター)」や「ポリテクカレッジ(職業能力開発大学校・短期大学校)」が存在する。職業訓練においても二重行政がまかり通っている。
雇用政策のコンセプトは「地方分権」であるべきだ
2008年12月24日の閣議決定で、雇用・能力開発機構の廃止が明記された。ポリテクセンターやポリテクカレッジの地方移管も検討されることになった。二重行政を解消すれば、行政コストを安くすることができる。再就職の役に立たないことで有名なポリテクも、地方移管することで、地域の雇用ニーズに応じたきめ細かい指導が可能となる。
このように雇用政策の窓口が地方に一本化されれば、生活保護、住宅確保、職業訓練、就業支援という一連の流れを、ワンパッケージで提供することができる。雇用政策のコンセプトは「地方分権」であるべきで、ハローワークも雇用・能力開発機構も解体・地方移管が正しい。
猪瀬直樹(いのせ・なおき)

作家。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人などの廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。政府税制調査会委員、東京工業大学特任教授、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターなど幅広い領域で活躍中。東京都副知事。最新刊に『霞が関「解体」戦争』(草思社)がある。
オフィシャルホームページ:http://inose.gr.jp/
2009年2月24日 NikkeiBP.com
日本は、公務員のために、存在しているのか!!??
NHKあたりで、とりあげてほしいね・・
猪瀬さんは、忍耐と根気と勇気と見識が、すごいと思うね!!
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日本の権力構造のド真ん中に猪瀬直樹が切り込んだ!
地方分権改革推進委員会を舞台に繰り広げられた
官僚とのバトルを大公開。
何を、どう変えれば日本は再生するのか?
この国を覆う閉塞感に風穴をあける痛快な書!
草思社の民事再生第一号です。乞う、応援。
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「忍耐と根気の物語 エキサイティングな内容」
編集者・日本大学芸術学部非常勤講師 新井 信
たとえば、皇居周辺の並木は環境省、国交省、宮内庁、東京都と縦割りバラ
バラで管理されている、保育園には赤ちゃんのハイハイスペース3.3平方米
という杓子定規な基準がある、総務省統計局600人に対し農水省には統計ス
タッフが3500人もいる、などということを知っている人は少ないだろう。そし
て、国家公務員33万人のうち21万人が出先機関にいるという。
国民のチェックが行き届かないのをいいことに、二重行政三重行政でムダな
税金が使われている。なぜ、霞が関改革が地方分権からはじまるのか、地方分
権改革推進委員会での官僚たちとのやりとりを読むと、それがよく分かってく
る。
縄張りを増殖させ、省益拡大を第一の仕事と考える官僚たちは、次から次へ
と弁明を繰り出す。それは意味不明で空虚だというよりは、どこか滑稽でもあ
る。必要でない組織を必要だと言い張る努力は涙ぐましいほどで、幾重にも予
防線を張りながら法律論を振りかざす。名人芸としかいいようがない。
これは忍耐と根気の物語である。延べ200時間の議事録の一部を抜粋し、
それに解説を加えた本書は、タイトルのかたい印象に反して、とてもエキサイ
ティングな内容なのである。
本来、ノンフィクション作品にいちばん求められたのは、権力構造の内部で
いま何が行われているのかを追及し、報告する現代性にあった。この国では情
報開示が不十分なうえに、証言者も少ない。権力の厚いベールと高い壁に、ひ
とりのライターの力では、はじき返されてしまう。
それでは、大新聞や大テレビが組織ごとぶつかれば壁を破ることができるの
か。記者クラブ所属の大マスコミは、官製情報源に同化する傾向があり、あま
り期待はもてない。現代性を失い私的な物語へと後退を余儀なくされたノンフ
ィクションは、すっかりそのパワーを失ってしまっている。
最近、ノンフィクションの発表舞台である雑誌が次々と消えていくのも、読
者のニーズに十分に応えられなかった結果ともいえるだろう。
永田町と霞が関近くの虎ノ門界隈に生息し、官僚たちが天下り、意図不明の
仕事で税金をむさぼり食う特殊法人の存在がある。読者の前にその実態をはじ
めて明らかにしたのは、猪瀬直樹の『日本国の研究』だった。
彼のこれまでの作品は、つねに大きな社会システムを背景に見据えながら物
語を展開してきた。『日本国の研究』のテーマを一歩進め、権力構造の深部に
迫ろうと試みれば、流れとしては権力内部に入り込み、その実態を自らの目で
検証してみるしかない。いかに権力の壁が厚く、抵抗が大きいかを『道路の権
力』で実証してみせた。
権力側との距離感に危惧を抱くひともいるが、彼の現場レポートによって、
道路行政がどのような人たちによって決定され、どのように利益が分配される
のかが、国民の前におおやけにされたのだ。
その戦いで彼が得たものは、委員会内部の情報公開こそが、霞が関と戦う手
段であるということだった。この本でも分権委員会でのバトルが公開されてい
る。その議論が国民の前に筒抜けになれば、官僚たちの言動はすべてマル裸に
なる。
取材者の目を通して、内部情報をありのままに報告する。そのことによって
自分の立ち位置を読者の前に晒し、自らの仕事の方向性を明らかにする。ノン
フィクション作家として、情報公開を一つの武器として戦う覚悟を、筆者はつ
ねに忘れないでほしい。
(『週刊読書人』09年1月23日)

