やっぱり、アルトサックスジャズのアート・ペッパー | 東京リーシングと土地活用戦記

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ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

ウエストコースト最高のアルトサックス奏者といわれるアート・ペッパーは50-60年代第一級アドリブプレイヤーです。日本人の心を捉え、日本人に愛された“アルトの詩人”アート・ペッパー、とてもいいですよ。【アート・ペッパー/ Art Pepper】1925年9月1日カリフォルニア州生まれ。9歳の頃、トランペットに憧れていたが前歯が欠けていたためクラリネットを習い始め、12歳でアルトサックスを手にする。16,7歳の頃にはプロとしてナイトクラブで演奏を始める。ベニー・カーター楽団、スタン・ケントン楽団等で数年間プレイし多くを学ぶ。自己のコンボによるレコーディングは1952年が最初。ラストレコーディングは1982年5月の「ゴーイン・ホーム」。その1ヶ月後である1982年6月15日、56歳脳溢血でこの世を去ってしまう。
 アート・ペッパーが1977年、初の日本公演について友人ジョン・ジェームスとアン・クリストスに宛てた手紙の中でこう記しています。「日本への旅行はすばらしかった。ローリーも僕も、日本で僕のレコードが売れているなんて、いい加減な話なのではないかと思っていたんだ。僕は舞台のそでに立ち、カル・ジェイダーの紹介を待った。僕はのろのろとマイクに向かって歩き始めた。僕の姿が見えるや、観客席から拍手と歓声がわき上がった。マイクに行きつくまでの間に、拍手は一段と高まっていった。僕はマイクの前に立ちつくした。おじぎをし拍手のおさまるのを待った。少なくとも5分間はそのまま立っていたと思う。何ともいえないすばらしい思いに浸っていた。あんなことは初めてだった。あとでローリーに聞いたが、彼女は客席にいて観客の暖かな愛をひしひしと感じ、子供のように泣いてしまったという。僕の期待は裏切られなかったのだ。日本は僕を裏切らなかった。本当に僕を受け入れられたのだ。やっと報われたのだろうか。そうかもしれない。たとえ何であったにしろ、その瞬間、今までの、過去の苦しみがすべて報われた。生きてきてよかった。と僕は思った。」
知らないかた、興味あるかた、アルバムを一度聞いてみてほしいです。
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