では今できることは何か

それはサポートするということはあくまでも補助者であり、サポートされる側の状況をちゃんと理解することだと思います。
その人の状況にあわせ、社会生活できるようになるためにはどのような手段が効果的か見守り、不足についてヒアリングして効果を確かめてゆく連続だと思います。

サポートとはヘルプし続けることではない。その人がいつか自立してその人自身の幸せをつかむことができるようにするための段階的な成長過程の実現を見守るタスクかと。普段の生活にたとえるならば子育てのようなものではないかと思います。

サポートの努力の見返りは、ありがとうといった相手からの言葉ではなく、言葉などなくても、相手が自分自身を慈しみ自分以外の誰かを思いやる姿だけではないかと思います。

だから今、被災されて支援の必要な方には、地震国に住むものとして痛みと苦労を分かち合い、長期的に一緒に災害に強い街作りをしていくつもりだよ、という決意表明だと思うんです。そして物理的には、しかるべきところに届く募金と災害が片付いた後のボランティア支援だと思うんです。

今回の震災では地震に加えて原発の問題があります。阪神淡路大震災で数十年前の鉄筋工事のダメさが明らかになったように、今まで当たり前に便利だったり使用してしまっていたことを見直し、電気を節約しながら原発に頼らず経済をまわす方向でやっていけたらいいなと思う。自分自身はエンジニアとして、ひとりの母親として、日々貢献できたらよいなと思います。

同じ文章をよく情報発信と整理につとめてくれているNHKにも送信するつもりです。

今なにができるか、自分はなにができるか、迷っている人は

ゴールが見えていないか
手段を知らないか
その二つを考える時間と金銭的余裕がないか

の3つかと。

今自分はどこにいるのか

迷っている自分よりも今より先の自分を大切にできるように

そのサポートは惜しまないつもりです。








サポートについて

今、わたしたちに出来ること

という言葉が飛び交ってますね。
役に立ちたい、考えてゆきたいという気持ちはとても良いことです。また、ほんの少しでも良いから役立つ手段を考えるところからはじまっていて、それはそれでとてもよいことだと思います。

でも思うんです。
すぐ出来ることとは、被災者にとって本当に役立つことなのか、ちゃんと長期的視野で確認してからやったほうがよいと。

今は何が必要かって物流の復活と安全な暮らしです。長期間に渡ることが予想される避難生活から早く脱却したいはずです。

阪神淡路大震災被災とその後のボランティア経験から、震災から10日ほど経過した場合、短期の避難生活を便利にして長引かせるより仮設住宅や職場の復興など中長期の再建に関する話のほうがどれほど安心かと思います。

そして今まで普通に仕事をしてコツコツ積み上げてきたものを一度に失い、放心しかけのところを頑張れと言われ続け、無理して笑顔を作ってコメントするつらさ、悩みを他人にさらけ出せと言われるつらさを自分のことのように感じます。

無理しなくていい、少し体と心を休めてください、といいたい。基本的な生活の保障は、国民の当然の権利です。天災も風評被害も痛みを分かち合って低減する方法があるでしょう。ゴールの見えない努力ほど、その途中も結果も無意味なことはありません。

順序だてて解決できるように、わたしたちは準備をしているよ、一緒いるよと伝えたいです。


という表現は切実な感じがするので数日後には外れてゆくことを期待しています。
緊急事態を長引かせてあおるだけになってしまうのではないでしょうか。

そしてそのうち気軽な気持ちの人は疲れ、どうせ出来ないと理由をつけて出来る努力をしなくなり何も解決できないまま停滞してゆくのではないでしょうか。


年賀状下さった方ありがとうございました。事情によりしばらく送っていなかったせいか、住所違いで散々送り返されていた。。すみません。松の内もこしてしまったのでまた別の機会にお便りさせていただきます
今年もよろしくお願いします

今週末はいいかんじに3日連続で休むことが出来ました。久しぶり過ぎて涙でそうにひひ
家事は天気を利用した洗濯以外放置し鉄キチデビュー息子と電車の旅へ。
子供は電車がみられるし私はバーゲンに行けてウハウハのはずが、太りすぎでサイズがほぼ無い現実に気づき。早々に切り上げてほとんど息子と歩いたり電車見たり旦那実家に寄ったりの3日間がディープに過ぎました。
いっちょまえに散歩道の道程を指示しはじめた息子、反抗期なんだか今年2度めの眼鏡破壊事件も起こり。ゴメンね、と言えるようになったのにまだまだ力加減をしらんねキミは。
保育園のお友達の名前も女の子だらけから、やっと男の子の名前がでてきた。ふう、母ちゃん心配したよ。
子育てまだら模様でありつつも子供はスクスク大きくなってます。

実家に帰省して飲んで食べてぐうたらしていたらあっという間に年がこえてしまいました。
あけましておめでとうございます。今年は良い年になりますように。
今日は職場の方々と初詣でした。職場で神社に行くなんて新鮮です。おみくじをひいたら大吉でした。出来れば凶とか小吉で上がりたかったですが。
小市民なので財布に忍ばせておきます。
明日からまた忙しい毎日ですががんばらないといけませんね。
エンジニア的仕事をしてますが、周りは意外と女性の方が多いです。
自分自身もずっと働いているので、
結婚したらやめよう、とか
子供産んだら辞めようとか
正直あまり考えたことがありませんでした。

もちろん自分自身の都合で何度か転職はしましたがライフステージの変更と仕事の転換期は全然リンクしていなくて、それが周りからはちと奇異にとられているようです。

仕事することの意義を時々考えます。もっと子供と触れ合う時間を持つべきじゃないかとも思います。でもそうしたくてもできないジレンマあり。

NHKでミドルエイジクライシスなる特番をやっているようです。

いわく、今の30、40代女性は立場は違えど昔とは異なる様々な困難と向き合わざるを得ない状態だと。

よくみてみないとわからないけど、自分も困難に立ち向かっている状態なのかも。

ちょっと落ち着いて考える時間がほしいなと思いました。

秋です。紅葉です。久しぶりに子供をつれて公園にいきました。

実は自分自身が精神的にも肉体的にもかなりまいっていて、徒歩5分の最寄りの公園に子供を連れていくのすら一大イベントな状態に。子育ての主役はもっぱら保育園と旦那です。

こんなこっちゃあ息子に悪いなあと思いつつ、担当の仕事で心も身体も相当やられていて、Sちゃん、生きてるのが不思議だねって同僚に言われちゃって悶々とする暇すらない始末。いやはや世の中厳しいねってのを痛感しました。

子供が夜更かしになり、朝が弱く、きかんぼうで、鼻水たれてるのに出社して、帰ってきたら23時まわってるから朝起きてなかったら3日くらい顔を見られない。出張中のオヤジ気分。
明日からは何を頼まれても何を言われても計画外のことはやるまい。

ひさびさの祝日休みに誓いをたてました。でもできるかなあ。

半年たって良くも悪くも仕事には慣れたのかなあと日々実感中。よくミスして迷惑かけてくる人の行動パターンもわかったし、電話も臆さず受けることができるようになった。障害報告の電話やメールに慣れ、アホっぽい質問も根本から答えられるように。


子供が若干話を理解するようになり、うれしい半面、うっかり悪い言葉を使いそうで注意中。
おかげさまで一時期崩していた体調も回復中だし、秋のおいしいものたちに癒された?ストレス溜めずに脂肪溜めるぜ。おー!


もうそろそろ本気で離婚されるんじゃないかと思う今日この頃。
合宿という名の長いミーティングに時間をとられ、作業をはじめてみれば予想外のことが次々とおこり、仕事を他の人に割り振ることも出来ず、頼りのリーダーはお疲れ気味で、八方ふさがりの状態です。土日出勤を無しにしても仕事が減るわけではなく、後は自分でなるべく不要な仕事をしないようにするしかないか。
まあ、楽しくはないけど、人が死ぬことはないし、うちも離婚されないようにするしかないなあ。仕事続ける限りはずっと続く悩みなのかも。むーん。また暗くなってしまったあニコニコ
ちょうど渋谷に用事があったため、日曜に家族で、渋谷にある東京都児童会館に行くことにしました。
世間はすっかり秋の気配。押し入れから引っ張り出したばかりの普段着の長袖の服を着て家族で歩く渋谷。
正直、若者の町なので年齢も格好も若干浮いていましたが、思っていたよりも子供連れも多く。
用事をすませて近くにあったビュッフェのお店でたらふく食べ飲み、大人が満足したところで次は子供の時間です。

以前にきたときは赤ちゃんだったこともあり、おもちゃなどが難しくて十分遊ぶことができなかったけど、電車のおもちゃに喜んだり、音楽室の木琴やピアノをたたいたり、日常ではなかなか体験できないことに興奮してよく楽しんだかも。夕飯も作ることができたし、久しぶりに充実できた週末でした。
相変わらず午前様の退社です。しかも土日も出社しなければ間に合わないことも出てきて本当に子供と旦那には申し訳なく思っています。
なんだってこんな仕事を選んだのだろうという自責の念と、同僚たちとのイザコザと、マネージャーへの怒りなど、ありがちな負のスパイラルに陥っては、家で不満をぶちまけて旦那にストレスをかけています。
一生懸命働こうとすると家庭がおろそかになるし、家庭を大切にしようとするには忙しすぎる職場で、こういうのが無いものねだりってやつだなあと思います。
かつ職場では結構年上なので、大人の対応を求められて、本音がだせません。なので、実は本当に自分がただしいのか不安になることもあり、自由とリスクは紙一重だなと感じます。

何かうまい方法はないかしら?昔はひとりでがんばる傾向がありましたが、今は何を思われてもまず、アラートをあげて関連する人に問題を説明するようにしています。それだけは年の功というやつかしら。