息子が1歳を過ぎた頃から、支援センターや習い事でよく会うお母さんたちが
「そろそろ二人目を考えています」
「二人目妊娠しました」
「二人目もうすぐ産まれます」
「二人目産まれました」
と、二人目ブーム的な感じになってきて
何で子宮失ったのよ?
何かの罰?
どこで間違った?
何がいけなかったの?
誰がいけなかった?
幸せな子育ての合間に
ふと考え出すとモヤモヤが止まらず
手術した頃には全くなかった憎悪と後悔の念を抱き始めた
産褥健診時に診察ミスをした医師が憎くて憎くてたまらず
訴えようかと考えたこともあった
夫にしつこく何度も「子宮を残すという選択肢はなかったんだっけ?」と確認した
何回聞いても答えは同じ
「最初の出血の時は選択できたけど、2回目出血の時は全摘しかなかったよ。」
今更どうにもならないのにね…
でも
ある日を境にこう思うようになった
子宮を失わなければ
息子も二人目の子も不幸にしていたかもしれない
その理由
普通じゃない家庭で育った私
そんな人間が健全な子育てをしようとすると、健全な家庭で育った人の何倍も難しさを感じる
常に頭の中で「この子に自分と同じ傷を負わせてはいけない」とプレッシャーをかけている
その、傷つけようとする自分を抑え込むには結構な精神力を使う
しかし毎回抑えられるわけではない
抑えきれなかった時の自分は常軌を逸している
その後、猛省し疲弊
健全な人でも子育て中イライラするし
こういった1連の流れは同じなんだけども
力の使う量がきっと違うし
子どもへの怒鳴り方とかも違うのかな…と
そんな人間が二人の子どもを同時に育てるとどうなるか?
自分を抑えきれずにオーバーフローが繰り返される
そして再び機能不全家庭を作り出し、子どもたちの人格形成に影響を与えかねないのだ
こんなこと実際に子育てしてみなきゃわかんなかった
自分の親は普通じゃないって知ってたけど、自分はちゃんと出来るって自信があった
だから妊娠出来る体だったら、二人目を望んでた
子育てを通して自分がアダルトチルドレンであることに気づき
そこから少しずつだけど、憎悪も後悔も薄れていっている
アダルトチルドレンだと自覚したことは克服への第一歩
どうか
息子や夫を深く傷つけることがありませんように