僕の部屋は
人から見れば、ただがらんとした、
何もない部屋である。
しかし僕はそんな部屋が好きでいた。
中央に配置された四角いテーブルと向かい合った二つの椅子は
何の飾り気もなく夏休みの自由研究でも
作れそうなほど簡単な造りをしていて、
本棚やベッドも同様に簡素な物でこうして改まってみると
何の特筆すべき点などないのだが、
それでも僕はこの部屋が好きでしょうがなかった。
それはもはや僕にとっては聖地と呼べるほどに。
そしてそんな部屋に突然知らない所から手紙が届いた。
それはポストではなく玄関ドアの隙間に挟まっていた。
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サーカスのご案内。
日時:◯月◯日午前2:00~
場所:此所
注:部屋には貴方以外誰も入れずランプを一つ置いておくこと。
サーカス団
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一体何を言ってるのかよく分からなくて、
僕は数日間混乱して過ごした。
もちろん出し手の住所など記されておらず、
僕には疑問をぶつける相手が居なかった。
そのせいで僕は行き詰まり、
わけが分からなくなり最終的には、
自己保身の為、この部屋が選ばれた事を名誉ある事だと思うようになった。
そうして当日僕は言われた通りにして待つことにした。
しかしいざ待ってみると不安とは別に
子供のような好奇心でサーカスを
楽しみにしている僕がいて驚いた。
昔見たサーカスなどもう記憶には残っていなくて
僕のサーカスのイメージは世間で作られるイメージのままであった。
しかしこんな狭い部屋でサーカスなんて
出来るのだろうか。
でもきっと特別なショーが僕の為に始まるのだろう。
そんな事を考えているといつの間にか
僕は眠ってしまっていた。
どれほど眠っただろうか、
突然ガラスが割れた大きな音で僕は飛び起きた。
室内は点けていたはずの照明が消えていて真っ暗だった。
なにが起こったのだろうか。
ガラスが割れたであろう窓の方から
初秋の夜の涼しい風が入り込んで
混乱した頭を優しく冷してくれた。
とりあえず僕は立ち上がって照明を点けに行こうとした、が
突然目の前にマッチの火が点いて
その火の背後に人影がぼんやり浮かんだ
そして人影はテーブルに置いていたランプを
手に取りマッチの火をランプに移した。
そうして姿を表したのは
まさに僕のイメージしていた様なピエロであった。
そしてピエロは語り出した。
「えー、今宵はこの素晴らしい場所を
提供していただき誠に感謝の至りでございます。
この今から始まるショーは
貴方の為の貴方だけのショー。
選ばれた人しか見る事のできないショーでございます。
ぜひ思う存分に楽しんでください。
では話はこれくらいにして始めましょー
そう、イッツショーターイム!」
一方的に話は終わり
掛け声と共に窓からライオンが入って来た。
本来ならば5階にあるこの部屋の窓からどうやってライオンが入ってきたのか疑問に思う所なのだが
この至近距離で見るライオンの迫力に僕は
圧倒されてしまい、それどころではなかったのだ。
いくら調教されていて今迄人に危害を加えた事がないかもしれないが
僕とこのライオンは初対面なわけで
もしも相性が最悪ならば、なにか気に障って
僕に襲いかかってくるかもしれないのだ。
だから僕は柔らかな笑みを死ぬ気で作り
敵対心など微塵も持ち合わせていない事を懸命にアピールした。
しかしライオンはそんな事など関心せず
忙しそうに部屋をぐるぐる駆け廻った
大きな体は信じられないほど美しい筋肉を纏って
躍動する筋肉は
この部屋に不釣り合いな生命力を撒き散らし
余りある勢いでいくつかの壁を破った。
ピエロは何も無かったかの様に丸い輪を取り出した
火を付け手際よく部屋の真ん中に設置した
そしてピエロの合図でライオンはデカイ図体で
勢いよく中央にある火の輪を
華麗にくぐった。がしかしライオンは
勢いを殺しきれず本棚に激突した。
本棚は一瞬で空中分解し
多彩な装丁の本が花火の様に美しく舞った。
そんな中ライオンはまた窓から悠然と飛び去っていった。
僕は絶句して、呆然としていた。
何だか噓みたいだが、
確かに部屋は無惨に壊れており、
獣の臭いが部屋に染みていた。
それからサーカスは球乗りや空中ブランコを
半ば強引に僕の部屋で行われ
その流麗な運動は驚くほど鮮やかに
僕の愛する部屋を破壊した。
そして最後は僕が
ピエロを殴り飛ばし、唯一無傷であったランプを割った。
深い夜が、崩れた聖地に闇を落とした。
目が暗闇に慣れた頃にはもう部屋にはサーカス団は居なかった。
挨拶も無しに終わったのだ。
しかし、終演の暗幕は僕が閉じたのだ。
もしかしたらあのまま続けていれば、
部屋は元通りになっていたかもしれない。
しかしサーカスとはパフォーマンスであって
決してイリュージョンではないのだ。
壊れたものは戻ってはこない。
僕の熱烈なこだわりは、意味の無いものになった。
それとも元々意味など無かったのか?
なんだかわからなくなって、
僕は崩壊した部屋の真ん中で迷ってしまった。
いったいどうすればいいのだろうか?
僕は現実を逃避する為に部屋を出た。
…………。
ここはどこ??
僕が今迄いた部屋は野原にぽつんと建った張りぼての一軒家であった。
僕が目にしていた部屋は偽物だったのだ。
僕はものすごく恥ずかしくなって
何処かわからぬ土地を
夜に隠れるように駆けて帰った。
