インカの王

インカの王

旅にでようよ

SEASON2を全部見終わってから、SEASON1を見た。
両方のシーズンでちょうどいいとこのに流れてくる、ここちよいメロディ・・・「これ誰?」って思うよね。

Glen Checkっていう韓国のアーティストらしい。

SEASON2で使用されている(Bloom)っていう曲は冬にピッタリの衝撃的なサウンドだし、SEASON1でも使用されている、メインタイトルバックのDazed & Confused も、4everも、都会的でしかも小脳を刺激するサウンドだ
日本にこういうアーティストいないよねぇ。


さらに、どうしても書き留めておきたいのはEP15の最後、一番いいところでユーミンの A HAPPY NEW YEAR がさりげなく流れてくる。
ぼくは、40年来のユーミン研究科を自負しているが、EP15で流れてきたのこの曲を番組中で聴いたとき「あれ、ユーミンを誰かがカバーしている?」と思ったほど。この曲のユーミンの声は、素敵だ。(もちろんカバーではなくオリジナルトラックがほぼフルで使われている)歌詞はちょっとだけ季節にあわないのだが、あえてこのタイミングでこの曲を採用したスタッフのセンスに脱帽だ

/この番組は、世界中で配信されているの?だろうか?(多分YESですよね)
日本の冬が、ロマンティックに描かれていて、されに外国からお客さん増えそうだね。

それから、シーズン1が真夏のロケだったのに対して、S2は真冬の北海道っていうところがよかったね。

どこを切り取っても白くて寒くて、ヒトハダが恋しくなる。





全部見終わってから、すでに10日くらいが経過しているけど、やっぱりロスになって通勤中に車の中で見ています。





今回は疑問に思ったことを、短くにまとめて書いていきます。

1.みなさん結構仕事上立場が上の方が多いのだけど、2ケ月も休んで大丈夫なの?それともリモートとかで大丈夫なの

2.若い男性が10人2か月缶詰なら、恋する恋しないとは別に、夜ばいとかあったのかな?おれだったら我慢できない。だって一緒にお風呂入ったりするわけだし。

3.シーズン1が20万円でやりくりしましょってことだったのに対して、シーズン2は、冷蔵の中は、いつも食品が豊富に備蓄されていたって。。。そりゃ鶏肉事件みたいにならないわけよね。

4.ロケ地は別荘っぽいのだけど、予約できるのだろうか。Green Room見てみたいなぁ。

5.今回は、元から知り合いだった・・のがちょっと「あれれ」って感じだった。
そんなに、この世界って狭いの?それともオーディションの告知がごく狭い範囲だったのかな?






 



NETFLIX (the) BOYFRIEND

本当に久しぶりの投稿になります。
...というのも先々週、NETFLIXのBOYFRIEND S2を見てから、ずっとロスが続いています。

いままでも、恋リアはいくつか見たのですが、どうもなじめずこんなに心が揺さぶられることは、ありませんでした。

これから、いくつかの感想を書こうと思っていますが、今回は#1として【カミングアウト】についてだけに絞って投稿しようと思っています。

私は、自分がGに所属する人間だと認識してからはや40年くらいたつと思いますが、G仲間以外にカミングアウトしたことは一度もありません。
ましてや、親にカミングアウトしようとなど、一度も考えておりません。
だから悩む必要なんてないのですよ、多分今後Gに対する偏見、差別は絶対になくなることはないです。
これは、子犬をかわいいと思う人が99%いて、蛇を怖いと思う人が99%いるのと同じように、人間にプログラミングされている反応なのですから、それを書き換えることなんて不可能で、Gを毛嫌いする人はそういう、プログラムが、脳に書き込まれてるわけですからそれは、多分消したり上書きしたりできないわけで、そういう人たちが何パーセントかいるのは、それはそれで[ダイバーシティ]であると考えて、今の自分の結論にしています。

それにしても、NETFLIXのBOYFRIENDのような番組ができることで、それ以外の人たちにGがすこしでもうけいれてもらえるようになればと思っています。

もしかしたら、50年後くらいには、少しだけ世の中が変わるのかもしれない。そんなことを思いました。
 

あっという間に結婚してしまった、鈴愛。

「え!律は?」新居まで訪ねていったのに、もう吹っ切れたの?

俺のなかでは、なんだかまだ律の声が聞こえてくるんだ。



だって、ずっとお互い好きだったじゃない。

こういうのってドラマだと最後には結ばれないと、なんか妙な残尿感?!


それでも律から、トヨエツ、ボクテ、さらに涼ちゃんへと恐ろしいほどスムーズにイケメンリレーが続いてきますなぁ。

この罠に、世の中のイケメン好きなお母様方がはまっていくのは、よくわかります。

NHKさんやりますねぇ。

あと2か月。。。次はどんなイケメンにリレーするのだろうか?律の再登場あるのだろうか?

あーーー。くだらないとか言いながら、やっぱり見てしまう。

くだらないし、僕の人生にとって何の糧にもならないし、影響も与えることはないドラマだけど、秀作に感謝。

 

ただ一言だけ 応援しています 朝乃山関

2018年名古屋場所 敢闘賞おめでとう。

毎日応援してましたよ。家族も一緒にね。

応援している側は、「毎日勝ってほしい」って思うのだけど
それは、無理だよね。

だって相手だって毎日勝つつもりで、頑張っているのだもの。

焦らなくていい。

とにかくおめでとう。

俺はうれしい。
「あさのやま かわいい」の画像検索結果

今朝、松本死刑囚の刑執行のニュースが飛び込んできた。

同時に、私の頭の中では、松本死刑囚の死刑執行の現場の様子を想像していた。

あの体重と、ここ数年は、自分の排泄もままならないほどの様子だったという。

あの、松本死刑囚の大きな体を執行する部屋まで運び、首に縄をつけ、一定時間時がたつのを待つ。


私が思ったのは、死刑の是非ではなく。そのやり方だ。

刑務官、医師、後始末をする清掃の方、仕事とはいえどんな思いでそれをご覧になるのであろうかと思うと心が痛い。

目や、舌は飛び出し、体のあらゆる穴からは、汁が出てきて、肛門からは内蔵がでることもあるという。

声を上げる死刑囚もいるだろう。

あまりにも残虐な最後だ。

苦しまないで、死刑にする薬は今のご時世、どれだけでも存在するというのに、なぜこんな恐ろしいことを、しなければならない仕事を作るのだろうか。

死刑にかかわる方々の、気持ちを考えると、何とも言えない気持ちになってしまう。

現在40名以上の死刑囚が、日本にはいるらしい。

 

そもそも、死刑執行って発表しなくちゃならないものなの?

 

 

刑法

11条1項 死刑は、監獄内において、絞首して執行する。

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この記事は、松本死刑囚およびオウム真理教の関連の事件に関して、それらの裁判と量刑、死刑執行について、非難したり、もしくは肯定したりするために、書いたものではありません。ご理解ください。

 

 

子供のころからずっと不思議だった。

梅雨入り

梅雨明け

気象庁が毎年「本日関東甲信地方で梅雨明けしました」
と発表する。


どうやら、この梅雨明けとか梅雨入りとか
明確な定義がないらしい。

梅雨明け宣言は、梅雨入りよりももっと微妙である。

明けましたといった、その次の日、豪雨があっても、それは梅雨の戻りですということか。

日本ってもともと雨が多い国。

年によっては3月の菜種梅雨の方が、6,7月の雨より多い時もあるし、日本海側は、冬型になると毎日傘の用意は必要だ。

梅雨だからと言ってなにかするわけでもないし、明けたからと言ってなにかしなくてはならないわけでもない。

いらない。梅雨明け宣言。とそれを伝えるニュース。

美空ひばりさんのファンである。と書くと皆さんは私のことを、少なくとも70歳以上の人だと思うかもしれないが、私は確かにおっさん真っ盛りではあるが、そこまではいっていない。

だから、美空ひばりさんが、全盛期だった昭和20年から40年ごろまでの彼女の活躍をそのまんま見たわけではないのだ。

歌が上手い人っていわれたら、世間人はよく”美空ひばり”と言う。

なぜなのか、わからなかった。

真っ赤な太陽も、悲しい酒も、なんどもテレビで見ていたが、子供の僕には、そのうまさはわからなかった。

大人になって美空さんがテレビで歌っているVTRをよく見るようになった。
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彼女の歌のうまさは、”呼吸”だと気付いた。
のども、腹筋も女性にしては、とても強いように思えるが、彼女の呼吸は軍を抜いている。

呼吸が、のどと腹筋をコントロールして、どの音をそれくらいの強さでどこまで伸ばして歌うかを、一音ずつ本能的にわかっていて、メロディが作り出されているのだ。

特に彼女が子供のころに歌っているVTRでその唱法はすでに確立されているのだ


やっぱり天才っていうのは、どこか違う。

素敵だ

ドラママニアの私も毎日、拝見させていただいています。

朝ドラというと、おしんに代表される、大正、昭和を苦労して生き延びた、女の一生を描く。という古典的なパターンが、ここのところ影をひそめている。

貧乏、両親との別れ、友達に裏切られて、戦争で愛する人と引き裂かれ、姑、小姑からはいびり倒され、それでも強く意思をもって生きていく。

そういうの、もう誰も見たいとは思っていないのだよね。

鈴愛って、たしかに頑張っている、マンガのしごとも、恋愛もいつも「イッパイイッパイ」で今にもあふれだしそうなくらいだ。
でも、見ていて悲しかったり、辛かったりはしない。

今のところ、恋愛は上手くいったことがないが、なぜかシンパシーを感じるのだ。

本当は大好きなのになぜ、素直にいわない?言えないよなぁ。

それに鈴愛をいじめる人がいない。秋風先生だってあっという間に、心穏やかな優しい師になってしまったし、家族もみんなで応援している。

貧乏なわけでもなく、戦争もない、食べるものに困ったシーンなど一度もなく、五平餅は美味しそうである。

なんだかホンワリとしたなかで、出てくる妙にリアルな台詞と、それを吐き出すタイミングがこのドラマの魅力と言っていいだろう。

これを見てから出社。15分だけ心が解放される。

最終回まであと3か月、ますます新キャラに期待してしまう。

僕は自分のことをゲイだとみとめてから、もう30年くらいはたった。

 

そのことは十分受け入れているけれども、自分のことをセクシャルマイノリティ(性においては少数派)だと考えてきた。

 

そうゲイは7~8パーセント。この漠然としていい加減な数字に引きずられているところもあった。

 

でも最近こう考えることにしたんだ。

 

完全に異性しかセックスの対象としない男を白、完全に異性しかセックスの対象としない女をとする。

 

白と赤を混ぜるとピンクになるけれど、そのピンクは無限に存在するんだ。

CMYKカラー

もしかしたら完全な白や完全な赤もないのではないだろうか?

 

だから赤に近い白があっても、何もおかしいことはない。

 

その人の外見が、おとこであっても、ペニスがついていても、手術でとってしまったあとでも関係はない。

 

ヒトは、みんなピンクなのだ。

セクシャリティにおいては、すべての人は、マイノリティ(少数派)でありまたマジョリティ(多数派)でもあるんだ。