事務局の「活」昨日は宮城県労連第89回仙台メーデー! | 黒川のつぶやき

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感染予防対策を訴える日本共産党の田舎の支部の、暇人ながらも忙しさに追われる事務局のブログです。まず試験的にやってみます。

昨日は宮城県労連第89回仙台メーデー!

久々のブログ更新です。

 

昨日はメーデーでした…。みなさん口々にしていましたが、数年ぶりに死ぬ一歩手前の晴天の暑さ🌞にまいりました。

 

ここ3年ほど全て雨で行進後に晴れ間を出す状況だったので、ほんと久々の晴天でしたよ!

 

党宮城県議団・仙台市議員団

 

 

今年のメーデーは共産党宮城県議団と仙台市議団のほか、立憲民主党岡本あきこ衆議院議員が駆けつけてくださいました。

 

立憲民主党岡本さん

 

ふなやまさん

 

ゆで🐙状態の角野県議

 

共産党きっての夫婦漫才コンビ?角野県議・帰国子女風?すげの仙台市議

 

抽選会での角野さん「かみ」にやさしい海苔当たったよ~!

 

 

今年もみんなそれぞれそういう冗談を会場で言いながら、時は過ぎ行進へと向かうのです。

 

私は、ハンドスピーカーを肩に担いで行進しました。

 

今年は特に疲れが出ましたし、毎年ですが汗が全く引かない状況が、家へ帰るまで続きました。

 

 

さて行進後支援している保育園に行き、園長先生と懇談をしてきました。

 

仙台都心部では支援している保育園含め、ほかに6か所くらいあるそうで、保育所のありかたや、給与待遇などあらゆる面で、学校の正規の先生くらいの給与待遇と、資格を取得できる社会にしないといけない!と話しておられました。

 

また別の階にできた小規模保育園を見てきました。

 

ここは0~2歳児までを預かる準認可保育園ということで、定員数9名のところ現在6名預かっているそうです。昨日は連休も入って3名の子どもたちしか居ませんでした。

 

保育園も広くなって、また子どもたちの寝顔を見ていたら、改めて支援しなきゃいけないと思うようにもなってきましたね。

 

そんなことを考えながら、今度は県庁へ共産党宮城県議団控室に寄ってきました。

 

心身障害者医療助成制度(略:マル障)を、今度の6月議会で角野さんが質問するようで、後日山梨に視察に行くようです。

 

山梨はマル障の窓口負担を無償化していたことは、みんなねっとの本でも話題になっていましたが、現在受診者数が増え償還払い(診察時払って後に戻ってくる)に戻ったため、村井知事は「山梨の例があるでしょ!」と、窓口無償化に対して、かなり冷たい態度で県議会で発言しているようです。

 

本当は山梨の例を言えば、今まで病気を我慢して受診を控えていた障がい者たちが、病院へ行くようになって山梨県がペナルティを恐れ、償還払いに戻したようなことも以前聞いたことがありました。

 

そして、昭和40年代に運輸大臣が発行した、精神1級者に対しての車の自動車税や取得税免除に関しても、北海道はすごく先端を行っていて、北海道は国の発布以前から精神手帳1~3級まで免除されていたらしいのです。

 

もちろんそれには事情があります。単純ではないとは思いますが国土が以上に大きいための措置だと思います。

 

これも角野さんやるようです。今朝気合が入ったメッセージが私の元に入っておりました。

 

さらには旧優生保護法に関しても、その当時の時代背景も知らないといけませんし、実際問題障がい者の人権を無視した法律でした。

 

しかしながら、一方で障がい者を守る法律もできてきて、旧優生保護法との整合性が無くなったのが、昭和40年代後半から50年代にかけてのことです。

 

知っているみなさんはわかっていると思いますが、昭和49年から50年にかけて旧優生保護法の大改悪を行おうとして、廃案になった経緯があります。たしか障がい者を根絶するような趣旨だったと思いました。

 

宮城県で初めて旧優生保護法の裁判を起こした、障害を持つ義妹のお姉さんは県議会の傍聴で、旧優生保護法に対し意見書が全会派一致で採択された後のインタビューで、「謝罪の言葉がなかった…」と言っていました。

 

法律があった以上本当に難しい部分だと思いますが、これから国会で超党派の議連で話し合われると思います。

 

法律があった以上国も県も簡単に謝罪できない!というのが、日本の行政であり難しいところだと話しておられました。

 

旧優生保護法で声をあげる人がまた1人と増えてきたら、もしかするとB型肝炎訴訟のように、裁判後和解金が支払われるようなシステムに構築されていくのかもしれません。ただ裁判が始まったばかりなので、どうなるかは私には予知はできませんし、国との和解ができるのか?!はわかりません。

 

今年のメーデーは考えさせられること多々ありのメーデーでした。