2011.3.11
わたしは宮城県東松島市野蒜
パイラ奥松島ユースホステルの仕事中に
被災しました。
それから6年が経ち
両親を連れて、あの場所に行こうと決意!
石巻朝日新聞社の方にも現在取材を受けていまして、わたしを知ってくれたきっかけは
今度で2回目となる
【東北応援文化祭〜ごちゃまぜ社会バンザイ】
のイベントをFacebookで見てくださったことからです。
東京から、被災地を応援しているというイベントをやっている本人が被災しているという事もあり、興味を示してくださいました
2.13にまた取材を受けます
新聞に載りましたらまた報告させていただきますので、よろしくお願い致します。
わたしが居た野蒜は
高い建物が1つしかなく
わたしはたまたまその高い建物【かんぽの宿】がとなりだった為に助かりました。
海のない埼玉県が出身のわたしは
正直津波なんて全く無知でしたが
ただ、なんとなく嫌な予感がして
あるものを着込んで、カメラ、パソコン、財布だけをリュックに詰めて避難しました
地震後は既に液状化現象が起きていたコンクリートとの上を歩いて避難所に行きました。
大雪だった為、ものすごく寒かったです。
地震よりも、正直【津波】が怖かった
自分の【死】イメージさせたのも
地震ではなく【津波】です
黒い汚濁が迫る。
どんどん水位も上がる。
この状況でも一人のわたしは泣けなかった
泣けあえる相手がいなかった
今でも身体が硬直したり
過呼吸が起きたりするのは
あの【津波】の恐ろしさを見たからです
とにかく怖かった。
今でも地震や津波の夢を見るのは
それほどの恐ろしさがあったからだと思います
変わり果てた駅
この野蒜駅は、海から歩いて20分くらいかかります。それなのに3.7メートルの津波が襲いました
今はかなり高台に新しい駅が作られ
当時の野蒜駅は資料館となっています
電車が走っていました。
津波で命を落としてしまった奥様【当時一緒に働いていました】と、野菜を買いに来たことを思い出します。
忘れてはいけないし、忘れられない思い出となりました。
人は健康であれば
なんでもできるって思います!
例え障害があっても
尊敬する方もたくさんいます!
それは東日本大地震を経験して
精神病になってからとても思います。
そして、病気になったからこそ
人の痛み、辛さもわかるようになり
人は一人では生きてはいけないし
支えや助けがあってこそ
自分が生きられるのです。
ぜひとも3.11 東北応援文化祭に足を運んでください!!
きっと新しい何かを感じれる時間になります。
会場 わなびば333
馬喰町、馬喰横山、東銀座駅 12時開場
チケット3500円。
みなさんで東京から東北へ
想いを伝えたいです!!
くるみぼたんアーティスト
*tomoComoCo*
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自身が2011.3.11東日本大地震を、宮城県東松島市野蒜にて、地震、津波、避難所生活を経験。半年間寝たきり生活を余儀なくされましたが、被災から半年後から、東北応援活動を始めました。
今現在でも、PTSD、パニック障害、閉所恐怖症、睡眠障害と闘っております。
避難所生活を過ごす中で、髪の毛をしばるとのがなかったことから、和柄のくるみぼたんのヘアゴムを作り東北へ送り始めたのが、くるみぼたんアーティスト*tomoComoCo*のはじまりです。
こちら、2016.10にTEAM社会起業家さんにインタビューされた記事になります。
山田智子さんへのリレーインタビュー – TEAM社会企業家
http://www.t-sbiz.net/2016/10/04/%e5%b1%b1%e7%94%b0%e6%99%ba%e5%ad%90%e3%81%95%e3%82%93%e3%81%b8%e3%81%ae%e3%83%aa%e3%83%ac%e3%83%bc%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%93%e3%83%a5%e3%83%bc/
現在は、ヘアピン、マグネットなどもあり、こちらを販売した売上金全てを、活動費とさせて頂いております。
お店などで置いてくださる方、プレゼント、バザーなど、お気軽にご相談ください。
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