ぜひ
よんでください。
震災で息子さんをなくされたお父さんの1000日に寄せての想いです・・・
「今日で東日本大震災から1000日です。
誰が1000日だって数えたんでしょうか。僕自身は「あれから何日経ったなあ」とか思ってたのは最初の頃だけで、最近はそういう区切りみたいなことを気にしなくなっています。
それが前に進んでいることなのかもな、と思ったりします。
雄飛が生まれた日のこと、今でもはっきり覚えています。...
震災までの短い間、たぶん人生で一番幸せだった雄飛との日々もはっきり覚えています。
がれきの中で雄飛の遺体を見つけたときのこと、たぶん一生分泣いたときのこと、冷たくなった体を泣きながら洗ったときのこと、雄飛のお棺が焼却炉に入っていく瞬間のことなど、この先もずっと忘れることはありません。
自分がこの1000日で変わったかと言えば、やっぱり変わりました。人生観は大きく覆りました。一時期はとても刹那的な考え方になったし、人は死ぬんだから…というような達観した部分も僕の中に生まれ、それは今も消えていません。
この1000日で得たものもあります。それは多くの方の優しさに触れたことです。人の優しさが無ければ、僕は自分で命を絶っていたでしょう。今でもどうしようもない自暴自棄な気持ちがふいに襲ってくることがあります。でも、周りのたくさんの優しい気持ちが救ってくれました。
震災後、何度も東京に行く機会がありました。そこで「世間」というものを見てきたことは、けっこう大きかったような気がします。震災で沢山の人が亡くなろうと、沢山の人が家や仕事を無くそうと、世間は普通に動いています。ほとんどの人は震災のことを考えないで生きています。
そういう現実の姿を目にすることで、「かわいそうな自分」「かまって欲しい自分」から距離を置くことが出来たのも事実です。
ネットがあってよかったです。自分の思いを吐露する場所がありました。吐き出すだけでも自分のためになりました。そしてリアクションをもらえたことは大きな慰めになりました。本当に沢山の人に感謝しています。
でも、今でも「雄飛がいたらなあ」と考えてしまいます。
息子の死は大きいです。」
東日本大震災から1000日 。
犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
未だ行方不明の方々が1日も早くご家族の元に戻れますように。
公営住宅などの整備が進んで仮設に避難している方が安心できる環境が1日も早く整いますように・・・。
「今日で東日本大震災から1000日です。
誰が1000日だって数えたんでしょうか。僕自身は「あれから何日経ったなあ」とか思ってたのは最初の頃だけで、最近はそういう区切りみたいなことを気にしなくなっています。
それが前に進んでいることなのかもな、と思ったりします。
雄飛が生まれた日のこと、今でもはっきり覚えています。...
震災までの短い間、たぶん人生で一番幸せだった雄飛との日々もはっきり覚えています。
がれきの中で雄飛の遺体を見つけたときのこと、たぶん一生分泣いたときのこと、冷たくなった体を泣きながら洗ったときのこと、雄飛のお棺が焼却炉に入っていく瞬間のことなど、この先もずっと忘れることはありません。
自分がこの1000日で変わったかと言えば、やっぱり変わりました。人生観は大きく覆りました。一時期はとても刹那的な考え方になったし、人は死ぬんだから…というような達観した部分も僕の中に生まれ、それは今も消えていません。
この1000日で得たものもあります。それは多くの方の優しさに触れたことです。人の優しさが無ければ、僕は自分で命を絶っていたでしょう。今でもどうしようもない自暴自棄な気持ちがふいに襲ってくることがあります。でも、周りのたくさんの優しい気持ちが救ってくれました。
震災後、何度も東京に行く機会がありました。そこで「世間」というものを見てきたことは、けっこう大きかったような気がします。震災で沢山の人が亡くなろうと、沢山の人が家や仕事を無くそうと、世間は普通に動いています。ほとんどの人は震災のことを考えないで生きています。
そういう現実の姿を目にすることで、「かわいそうな自分」「かまって欲しい自分」から距離を置くことが出来たのも事実です。
ネットがあってよかったです。自分の思いを吐露する場所がありました。吐き出すだけでも自分のためになりました。そしてリアクションをもらえたことは大きな慰めになりました。本当に沢山の人に感謝しています。
でも、今でも「雄飛がいたらなあ」と考えてしまいます。
息子の死は大きいです。」
東日本大震災から1000日 。
犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
未だ行方不明の方々が1日も早くご家族の元に戻れますように。
公営住宅などの整備が進んで仮設に避難している方が安心できる環境が1日も早く整いますように・・・。