当り前のことだが、勉強の出来不出来が頭の良し悪しに直結するわけではない。
しかし、これまた当り前のことだが、しかし多くの人が目をそむけたがる事実として、
頭の良い人間は、それなりに学業としての勉強ができる。
そんなことを言うと、
アインシュタインはどうだ?
エジソンは落ちこぼれだったぞ!
なんて、したり顔に話す、自分の頭で考えないバカがいる。
ほんの少しだけでいいから、脳味噌を使って考えれば分かるはずだ。
受験勉強なんて、ある意味テクニックだ。
要はどれだけ試験問題に対するテクニックを数多く知っているかである。
テクニックと暗記力、そして少しの応用力さえあれば試験で良い点が取れる。
だから天才でなくても努力や要領さえ分かればそれなりに点数が取れるし、
頭が良ければなおさら、知識を効率よく利用できることになるだろう。
アインシュタインとか、エジソンだとか、
よくダメなやつに限って引き合いに出したがる「劣等生だった天才」なんて、
本当に希少だから、特例として引き合いに出されるだけなのだ。
本当に頭のいいヤツは、ほとんどの場合勉強もできる。
これが真実。
ところで、
「頭が良い」
とか
「エリート」の代名詞として挙げられる職業に、
「医師」と「弁護士(法曹)」がある。
それ以外の資格は、難関の部類もあるが、
皆さんご存じのように、他の職種の人に天才を見つけることがほとんどない(稀にはいるよ、稀にね)。
だからこの2種類について、後々話をしたい。
だが今回はまず、その手前の話だ。
年々センター試験受験者数は増加などとニュースではよく言っているが、
大学全受験者数は当然ながら減少している。
そんな話、聞いたこと無いって?
第2次ベビーブームに学生数を増やした多くの大学では、近年生徒が集まらず、
ドンドンつぶれる、あるいは、縮小している現実を見れば一目瞭然だ。
その結果、大学のレベルは10年前に比べ、早慶でも偏差値10から15は下がっていると言われている。
これは、私見ではなく、どの教育研究者も、評論家も話している言葉だ。
以前と同レベルを辛うじて保っているのは、
東大、京大、国公立医大(医学部)、早稲田政経、慶応経済に進学した一部の生徒と、
限られた国立大理系の上位生徒のみと報じられている(海老原氏、その他多くの著書にもある)。
では、それ以外の生徒は?
大学だって、それが国立であろうとも、当然経営が大切だ。
経営、つまり収入を保つにはどうしなければならないか?
学費を支払う入学者数(生徒数)をキープしなければならない。
しかし、求めるレベルの学生数は、全体同様減っている。
どうする?
答え
多少レベルが低くても合格とし、生徒数を確保する。
あなたが、特に目指す大学を持たず、早稲田・慶応と2流大の合格通知を受け取り、
学費・生活費に大差がなければ、どちらへ進学する?
そうやって、経営優先に穴埋め的に不十分なレベルの生徒を確保した結果、
上位校のレベルは年々低下し、穴埋めさえできない下位校の不人気学部は閉鎖される結果となる。
また、より簡便に生徒数を確保したい大学サイドが、
一般入試よりも、AO入試や推薦合格者数を大きく増員した事も
レベル低下に拍車をかける原因の一つである。
(現実に団塊ジュニア世代の時代には、旧帝大や国公立医学部の推薦枠は全国的に存在しなかった。)
今回は、どんどん大学生のレベルが低下しているという話。
会社の人事担当などは実感しているのでは?
きちんと受験を体験した人にとっても納得できる話だろう。
でも、俺が言いたいのはそんなことではない。
今も昔も、医師にも法曹にも、実はできの悪い奴らはいっぱいいる。
しかし、資格を手にしただけで(こいつらはある意味仕方ないが)、
あるいは、その学生だと言うだけで、勘違いしているやつらが多い。
次回は、日本3バカ私立医大の話。
それがすんだら、
法曹をエリートだと勘違いさせる数字のマジックについてだ。
今日は、もう面倒臭い。
書きっぱなしだから、文章の乱れ、間違いは気にするな。
クレーム不要。