南方戦線の思い出
開戦前
十数日の間に兵器、馬、馬具などの一般装備が整い、竹槍、竹水筒まで用意され、異常を感じる装備もあった。
与えられた被服類は防暑的なものばかり。その上防蚊用具やご飯が腐らんように工夫された器など、身回り品はすべて熱帯地方で使用するに適したものばかりである。
出動準備は整ったものの相変わらず行く先は全く不明『われわれは南方、南支方面へ行くのだろう』など話し合っていた。
十一月も中旬になり、宿泊設営要員として、部隊より一足先に大村を出発して、集結地門司港へ行く諸準備を整え部隊の到着を待った。
間もなく部隊はぞくぞく門司に到着し、それぞれ民家に合宿した。
今夜一晩で日本を離れねばならない。これからどこに送られるのか、行った先にどんなことが待っているだろうか、再び日本の土を踏むことができるだろうか、他人に言えない不安を抱いたわれわれを、門司の人達は家族ぐるみで温かくもてなしてくれた。
本当に有り難かった。今思い出しても感謝にたえない。あの晩の美味かった食事のこと、布団のぬくみの温かかったこと。
明けて十一月十八日、完全装備を終え、泊めていただいた家の人達に何度もお礼をのべ、名残りを惜しみつつ振り返りながら門司港へと向かった。
徴用された大型の貨物船が岸壁にピッタリ横付けされ、軍馬の積込みがもう行われていた。
一頭づつグレーンで釣り上げられる。軍馬は地上から離れようとする時、足をバタバタッとはねる。兵隊は手綱を伸ばして素早く横へ逃げている。
真新しい軍靴がタラップにかかり、一歩一歩踏みしめるたびに身から強い鋲の音が響く。
兵隊は黙りこくって乗り込んでいるが、想いはそれぞれ違っていても、『日本よ、祖国よ、しばしの別れなのだ。そう、そうでありたい、そうでありたい』誰しも心の中は複雑で、しばしの別れを告げているに違いない。
つづく
戦争体験記より
