「こんにちは、今日はS君はいるかな?」

「こんにちは、いらっしゃいませ!!」


ゆうきの働く店には、たまにファッションデザイナーが訪れる。

今日来られたデザイナー氏は、ゆうきの店のデザイナーS先生の先輩であり師匠でもあるファッション業界の重鎮と言われるお方。

先生は交友関係がかなり広く、いろいろな著名人がふらっと訪れることがあるものだから、日々気を抜けないのだった。


「先生は今、ピッティに行かれてます」

「そうか、買い付けもまだ自分で行ってるんだね。さすがだなぁ」


ピッティ(ピッティ・ウオモ)とは、毎年1月と6月にイタリアのピッティという都市で行われている世界最大級のメンズファッション見本市のことだ。


「その後、ロンドンに寄るそうです」

「そうか、頑張ってるねぇ。S君は」


この老体には、もう外国に行って精力的に飛び回る元気はないよ、とデザイナー氏は笑った。


「でも、S君みたいに頑張っている青年を見ると将来が頼もしくなるね。

今はなんだかんだデフレが進んで、ファストファッションが市場を占めていて、良いモノが見向きもされなくなっている。

若い人はそれでもうまくトレンドを組み入れておしゃれを楽しんでいるけれど、オヤジたちを見てみると・・・ひどいよなぁ」


デザイナー氏は70代。

それでもピンと伸びた背筋にある程度鍛えられた身体にマッチングしたシャツとパンツはとても似合っている。

シンプルな着こなしだが、凛とした立ち居振る舞いは若者には到底まねできるものではない。


「我々の時代、戦争が終わり、世の中が平和になり、ファッションが生活の中にやってきて、若者はみんなファッションに夢中になった。

我々は思ったよ。

日本人も世界に負けない格好いいオヤジばかりがいる国になると。

しかし、現実はどうだろう。

”着れれば何でもいい””別に興味ない”

そんな人ばかりだ。

お金は持っていても、高い洋服着てても、格好悪い人ばかりだ。


我々の責任でもあるんだよな。

どうしてもビジネスだから、売ることばかり考えてファッションをお客様に教えてあげられなかった。

その結果が今のおやじたちの姿だ。


バブル世代の40代はおしゃれもお金の使い方も知ってる。

ようやく彼らが老年になって日本のオヤジもおしゃれになっていくだろうね。

しかし、若い人たちはどうなんだろうか・・・」


”売り上げ取るために”洋服はどんどん値下げして、今やバーゲンでないと何も売れない。

どんどん安いブランドが海外から入ってきて、どんどん価値のないものになっていく。

企業は安いものを売るために、ロット数を増やし経費を押さえ、大量販売していくしか道がない。

洋服は同質化し、同じようなものを着ている人たちばかりになってく。

ブランドアイデンティティも何もなくなって、商社に買収され、消えていくブランドは数多い。


「きっとこれからじゃないでしょうか?

ファストファッションも落ち着いて、消費者も安ければいいってものじゃないって分かってきて、

実際うちの店舗でも少なからずそういった上質のものをきちんと選びたいという人も増えてるように思います。」

「そうだね、その通りだ。

我々も努力するし、S君やあなたのような方が店頭にいらっしゃるのは心強いね。

一緒に頑張って行こう」


日本人をおしゃれにするために、まだまだできることは沢山あるのではないか。

目先の利益に惑わされてはいけない。

将来やビジョンを大切にして仕事していかなくてはいけない。

そのために、何ができるのか・・・?


デザイナー氏からの貴重なお話を聞いて、身が引き締まるゆうきだった。