帰りの電車まで、あとすこし時間があった。
荷物をコインロッカーに預けて、駅前の坂をゆっくり下る。
春の午後、少し汗ばむくらいの陽気だった。
「プリン、食べて帰ろっか」
彼女がそう言って指さしたのは、ずっと行きたがっていた熱海プリンの看板。
おそらくこの度で、楽しみにしていたのは、美術館でも温泉でもなく、プリンなのだ。
ちょっとした行列ができていたけど、迷わず並んだ。
🍮 ガラス瓶に入った、やさしい甘さ
店先で受け取ったプリンは、牛乳瓶みたいなガラスに入っていて、
見た目からしてもう“おいしい確定”だった。
カラメルのふたを開けて、スプーンを入れると、やわらかくすっとすくえる。
「これ、やばい」
って彼女がうれしそうに笑った。
俺もひと口もらって、ふたりして無言でうなずいた。
あのときの“無言の同意”は、今回の旅で一番シンクロした瞬間だったかもしれない。
📷 桜と、彼女と、旅の終わりの景色
プリンを食べ終えたあとは、駅裏の公園に寄ってみた。
小さな坂道の上、満開の桜が風に揺れていた。
彼女がスマホを取り出して、「ちょっと撮ってくるね」と言った。
その姿を、少し離れたベンチから眺めていた。
桜にカメラを向けるときの彼女は、いつもより真剣で、
ときどき立ち位置を変えたり、しゃがんだりして、
風のタイミングを待っていた。
その後ろ姿が、なんだかとてもきれいだった。
思わず、俺もその姿をこっそり撮った。

🚃 熱海駅のホームで思ったこと
帰りの電車が来るまで、ベンチに座っていた。
彼女は「楽しかったね」と言いながら、スマホで撮った写真を見返していた。
俺はその横顔をちらっと見て、心のなかで「また来よう」と思った。
言葉にするのは少し照れくさいけど、
この旅でいちばんきれいだったのは、
きっと、桜じゃなくてカメラを向けていた彼女だと思う。

