薬物依存、アルコール依存、ゲーム依存、買い物依存などの「依存症」が作り出す難しい人間関係 | 大切な人と本当の関係を築く 週一回のLove Philosophy

こんばんは!

今週も

『大切な人と本当の関係を築く週一回のLove Philosophy』

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人間関係、恋愛・夫婦関係を

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最近、何らかの依存症で

問題を抱えている人の話を聞くことが多く

今日は「依存症」をテーマにお届けします。

 

薬物依存、アルコール依存、

また、ギャンブルや買い物やゲームなど

依存症には多くの種類が存在します。

 

 

実は私は何年も前から

「依存症」について調べたり

本を読んだり話を聞いたりしてきました。

 

というのも、

何らかの「依存症」を持つ人は

人間関係や家族関係において問題があることが多く

本人も苦しみますが、

まわりの人もまた、

本人との苦しい関係に陥ってしまうことが多いのです。

 

 

「依存症」は一体どこまで人間関係に影響するのか、

それをどうしたら解決することができるのか、

私自身、長年とても知りたいことでした。

 

 

ただ残念ながら、

すでに何年か前から書いているように

 

「『依存症』による人間関係の問題を

自分の力だけで解決することはほぼ無理。」

 

というのが、行き着いた答えです。

 

 

どうして無理なのかというと

「依存症」は病気だからです。

 

 

「もうお酒は飲まない」

 

「もう薬物には手を出さない」

 

「もうギャンブルにお金は使わない」

 

 

どれだけ家族や恋人に約束しても

何度も裏切ってしまうのは

そこに、本人の意志だけでは何ともできない

病気があるからです。

 

 

本人だってそう言うときは、苦しくて、反省して

本心からそう言っているので

嘘をついているわけではないのです。

 

ただまた手を出してしまうのは

依存の対象に

自分を支配されて

抵抗できないほど強く振り回されているからです。

 

思い出すだけで

その欲求を止められなくなる。

 

それは私達日本人が

梅干しを見ただけで

思わず唾液が出てくるのと同じで

意志とは関係なく身体に起こる反応なのだそうです。

 

 

薬物を一度もやったことがない人なら

薬物を見ただけで、

強い欲求が湧いてくるということはありません。

 

梅干しを知らない外国人に

皿一杯の梅干しを見せても

この外国人は唾液が出てくることはないでしょう。

 

それと同じです。

 

さらに

特に強い依存性を持つ薬物の例を取ると、

薬物を見るだけではなくて

薬物に関連するすべてのものを見るだけで

強い欲求が湧くといいます。

 

薬物を買った場所、

そのとき一緒にいた友人、

そのとき飲んでいたもの、

そのとき嗅いだ匂い・・・

 

当然ながら、使用期間が多くなるにつれ

関連するものや人も増えていき

依存のスイッチを押すものが多くなります。

 

 

そうして

する、やめる、する、やめる、

長期にわたってそのくり返しになってしまいます。

 

 

それは、やめる意志が弱いとか

「やめる」と約束した恋人や家族のことを

大事に思っていないということとはまた違います。

 

「やめる」と言ったときの気持ちは本物でも

自分がしたいようにできなくなってしまうのです。

 

 

そうなると一般的な人間関係のアドバイスも

依存症のからんだ人間関係には

適用できなくなってしまいます。

 

 

依存症については

それが病気であるということを

本人やまわりの人が理解する必要があります。

 

病気ですから

専門の助けが必要になります。

 

まわりの人も

依存症本人との正しい関わり方や

効果的な会話の仕方を

学ぶ必要があります。

 

依存症には

「これを飲めば治る」

というような特効薬がないので、

そこから抜け出して生きていくには

本人の闘いが続きます。

 

 

でも、依存症そのものの本質を理解すれば

まわりの人も

本人についてより理解することができて

捉え方、接し方は少しずつ、依存から抜け出す方向へ

近づいていくものだと思います。

 

 

昨日、実際にこんな話を聞きました。

 

 

ギャンブル依存症で

妻、子どもがいるのに

すべてのお金をギャンブルに費やしてしまった男性。

 

子どもたちが十代になった頃はまだ

家族でいっしょに暮らしていましたが

ついには家まで売ってギャンブルにつぎ込んでしまい

妻と離婚し、家族と離れひとりになりました。

 

 

二十年以上の年月を経て

子どもたちは結婚し、

孫も誕生しました。

 

 

男性は家庭を持った子どもたちに会いにいきました。

 

 

しかし子どもたちに拒まれました。

 

 

子どもたちは父親を許す気持ちはないようでした。

 

遠い地に住む娘に

はるばる会いにいきましたが

娘には無視され、

娘の旦那さんが気を遣ってお茶を出してくれたそうです。

 

別の場所に住む

息子夫婦にも会いに行きましたが

二人に冷たくあしらわれました。

 

遠い昔、

妻や子どもたちと幸せに暮らしていたこともあったのに

ギャンブル依存のせいで

家族に迷惑をかけ

ただ恨まれるだけの存在になってしまったのです。

 

 

もし依存が病気だとわかっていたら

正しいやり方で手を打つことができていたら

男性や家族の人生は変わっていたかもしれません。

 

 

ただやめることのできない本人を

責めるだけ、批判するだけでは

そうされることの辛さから

本人がますます依存の対象に頼ることもあり得るので

依存は良くなるどころかひどくなってしまうこともあります。

 

依存症本人のまわりの人は

知らず知らずのうちに

依存をひどくしてしまう力も持っているのです。

 

 

依存症本人や、まわりの人は

問題に責任を感じて

周りに助けを求められないでいる人も多いそうです。

 

でも、助けを求めることを恥ずかしいと思わずに

専門機関に相談することが絶対に必要です。

 

身体の病気だったら

たとえどんな病気でも

病院に行くことができるように、

心の病気もまた

専門の助けを借りることが恥ずかしいことではなく

当然のことです。

 

 

21世紀はネット依存やゲーム依存など

新しい時代の依存症も増えています。

 

 

薬物依存に苦しむ人を

おもしろ半分に噂したり

批判するばかりでは

ますます「依存症」を孤立させる社会になってしまいます。

 

 

同じ社会に住む私達ひとりひとりが

「依存症」の本質を理解して、

 

もし悩んでいる人に出会ったときに

専門機関に相談することを提案できるようになれば

それだけでも、何かが変わってくるのではないかと

思います。

 

 

とても難しい問題ですが

実際に依存症から回復して

大切な人間関係を取り戻した人もたくさんいます。

 

 

希望は心♡に忘れずに。

 

 

依存の怖さを知って、

予防していくことも大切ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(c) M.Kira 2020