出版業界がガチで東京都に牙を剥いた、東京都の青少年健全育成条例改正案を巡る、最終決戦が本日13日から15日にかけて行なわれる。
この手の情報は、大手マスコミが意図的とも思われるガン無視の為に、情報はネット、特にTwitterで得るしかないのだが、それでも実際に都議会を見に行っている人からの情報がリアルタイムに入るので、速報性にとんでいる。
もう、完全に大手マスコミは、少なくともこの話題に関しては信用出来ない。
この話題をマジで危機感を持って報じているのは、Twitterの有志と、ニコ動、ユーストぐらいなもんで、既存のメディアは全く当てに出来ない。
いってみりゃ、テレビの存在意義が薄れつつ有るって事の証でもある。
ところで、今回の青少年健全育成条例改正案には、もう一つの、考えようによっては、マンガ規制よりもヤバイ条文が盛り込まれている。
人によっては、マンガ規制は隠れ蓑で、実際にはこっちが本当に通したい条例だと言う。
それは、未成年の携帯電話に関する規制だ。
今までのフィルタリングの強化どころか、推奨携帯っていう、東京都が推奨する青少年に有害な情報にアクセス出来ない携帯電話しか、未成年…つっても、18才以下…には、実質所有する事が出来なく可能性を秘めた規制だ。
もう、これは東京都が家庭での親が子供の携帯の管理が出来ないので、代わりに都がやってしまおうってヤツ。
ぶっちゃけた話、大人の俺にはそんな条例、痛くも痒くもないのだが、この規制が通ってしまうと、子供の知る権利を都が剥奪する事になる、非常に危険な話だ。
さらに、このマンガ規制と携帯電話規制を重く感じている人は、治安維持法への足がかりとして、今回の改正案を無理矢理でも通そうとしていると言う。
まあ、今回の規制の出所が、警視庁(もしかしたら、警察庁かも)の治安対策本部が主導で行なっているとの事。
昔…戦前、1945年以前…治安維持法が制定されたのも、最初の一歩は出版の規制から始まった歴史がある。
だから、今回の規制を発端にして、最終的には治安維持法まで持って行こうと考えている人が居るのも、決して大げさでは無いと言える。
とは言え、治安維持法まで持って行くには、かなりのハードルがあると信じたいが、規制というのは最初の一歩を踏み出したら、ダムの決壊のごとく、次はこれを規制、そして次はこれを規制、最終的には自由を規制されまくり、体制の都合のいいように都民、さらには国民の権利が、憲法で定められている基本的人権が規制されてしまう。
これは、決して大げさではないと俺は思う。
そのぐらいの危機感は持った方が良い、と言う意味に於いてだが。
規制反対派は、その危機感を感じているのだが、この条例に無関心な人は平和ボケと想像力の欠如と思考停止で、その危機感を感じてないし、推進派はその隙をついて、都民や国民をコントロールしようとする。
書物、ネットを規制すると言うのは、情報統制であり、国民の知る権利を侵害する事であり、体制のプロパガンダで潜脳し、思想をコントロールする格好の機会である。
これは、北朝鮮はもとより、中国と同じ発想だ。
現段階においても、テレビや大手新聞の偏った報道で世論誘導されているにも関わらず、これ以上の情報規制が行なわれたら、間違いなくこの国は間違った方向へ進むと確信する。
こんな重大な問題を抱えている改正案が、たった数週間の審議で、可決されたとしたら、日本の自由はすでに終わりに向かって歩み始めていると言えるんじゃないか?
なので、本日からの三日間は、日本の将来にとって、大きな転換期になるかもしれない三日間である事を覚えていて欲しい。
一歩、坂を転がり始めたら、もう誰も止められなくなる危険が有る事を実感して欲しい、とダメ人間の俺は考えてます。
この手の情報は、大手マスコミが意図的とも思われるガン無視の為に、情報はネット、特にTwitterで得るしかないのだが、それでも実際に都議会を見に行っている人からの情報がリアルタイムに入るので、速報性にとんでいる。
もう、完全に大手マスコミは、少なくともこの話題に関しては信用出来ない。
この話題をマジで危機感を持って報じているのは、Twitterの有志と、ニコ動、ユーストぐらいなもんで、既存のメディアは全く当てに出来ない。
いってみりゃ、テレビの存在意義が薄れつつ有るって事の証でもある。
ところで、今回の青少年健全育成条例改正案には、もう一つの、考えようによっては、マンガ規制よりもヤバイ条文が盛り込まれている。
人によっては、マンガ規制は隠れ蓑で、実際にはこっちが本当に通したい条例だと言う。
それは、未成年の携帯電話に関する規制だ。
今までのフィルタリングの強化どころか、推奨携帯っていう、東京都が推奨する青少年に有害な情報にアクセス出来ない携帯電話しか、未成年…つっても、18才以下…には、実質所有する事が出来なく可能性を秘めた規制だ。
もう、これは東京都が家庭での親が子供の携帯の管理が出来ないので、代わりに都がやってしまおうってヤツ。
ぶっちゃけた話、大人の俺にはそんな条例、痛くも痒くもないのだが、この規制が通ってしまうと、子供の知る権利を都が剥奪する事になる、非常に危険な話だ。
さらに、このマンガ規制と携帯電話規制を重く感じている人は、治安維持法への足がかりとして、今回の改正案を無理矢理でも通そうとしていると言う。
まあ、今回の規制の出所が、警視庁(もしかしたら、警察庁かも)の治安対策本部が主導で行なっているとの事。
昔…戦前、1945年以前…治安維持法が制定されたのも、最初の一歩は出版の規制から始まった歴史がある。
だから、今回の規制を発端にして、最終的には治安維持法まで持って行こうと考えている人が居るのも、決して大げさでは無いと言える。
とは言え、治安維持法まで持って行くには、かなりのハードルがあると信じたいが、規制というのは最初の一歩を踏み出したら、ダムの決壊のごとく、次はこれを規制、そして次はこれを規制、最終的には自由を規制されまくり、体制の都合のいいように都民、さらには国民の権利が、憲法で定められている基本的人権が規制されてしまう。
これは、決して大げさではないと俺は思う。
そのぐらいの危機感は持った方が良い、と言う意味に於いてだが。
規制反対派は、その危機感を感じているのだが、この条例に無関心な人は平和ボケと想像力の欠如と思考停止で、その危機感を感じてないし、推進派はその隙をついて、都民や国民をコントロールしようとする。
書物、ネットを規制すると言うのは、情報統制であり、国民の知る権利を侵害する事であり、体制のプロパガンダで潜脳し、思想をコントロールする格好の機会である。
これは、北朝鮮はもとより、中国と同じ発想だ。
現段階においても、テレビや大手新聞の偏った報道で世論誘導されているにも関わらず、これ以上の情報規制が行なわれたら、間違いなくこの国は間違った方向へ進むと確信する。
こんな重大な問題を抱えている改正案が、たった数週間の審議で、可決されたとしたら、日本の自由はすでに終わりに向かって歩み始めていると言えるんじゃないか?
なので、本日からの三日間は、日本の将来にとって、大きな転換期になるかもしれない三日間である事を覚えていて欲しい。
一歩、坂を転がり始めたら、もう誰も止められなくなる危険が有る事を実感して欲しい、とダメ人間の俺は考えてます。