タイトルは、第二期Deep Purpleの名盤「Machine Head」収録曲から。
まあ、Machine Headに入っている曲は全部名曲なんですけどね。
そして、動画の方は1972年のライブ映像。
この頃の大リッチーのストラトは良い音ですね~
(以下、リッチー・ブラックモアを大リッチーから御大と書きます)
1972年の日本でのライブを収めた、名ライブ盤の「Live in Japan」でもそうですが、この頃の御大が弾くストラトの音はエロイです。因に、俺はLive in Japanは持っていません。後輩の女の子が旅行のお土産に買って来てもらった、海外バージョンの「Made In Japan」しか持ってませんが、音質って違うのかな?
でも、ストラトの音はエロイです!
フェラーリのV12のエキゾーストノートを「天使の悲鳴」と呼ぶように、この当時の御大のストラトの音は「天使の喘ぎ声」と勝手に呼んでます。
特に、12f近辺でのチョーキングした時の音なんか、すげーエロイ音です。
ギターそのものも良いのでしょうが、ギターテクニックやサウンドメイクが素晴らしいのだと思います。
ね?エロイでしょ?
しかも、この頃はまだバンドがギスギスなかったんでしょうね、御大が機嫌良くストラトをお弾きになってらっしゃる!喜ばしい限りですよ!
でも、なんで、曲が始まる前に御大はマーシャルを揺すっているんでしょうね?
チューブかなんかが調子悪かったのか?
御大のストラトのセンターピックアップって、この頃はまだマウントされてるんですね。それに、ピックガードよりも若干高い位置で。まあそれでも配線されているかは疑問ですし、恐らく使う事もないでしょうけど。
これが、レインボーの時代に入ると、マウントすらされていないとか、マウンされていてもピックガードよりも低くセットされていたりしますね。
それにしても、流石に38年前、皆若い!
ギランも声が出てるし、御大なんか、髪の毛がまだ…おっと、それ以上は禁句だぜ!
で、ギター弾く人なら気付いたと思うのですが、御大のピッキングに違和感を感じませんでした?
普通、ピッキングはダウン→アップなのですが、御大はギターを初めて弾いたときに勘違いしてアップ→ダウンで練習してしまい、そのピッキングをプロになった後も続けているのです。
だから、なんか見ていて違和感を感じるんですね。
俺も最初はダウン→アップでしたが、その逸話を読んでからアップ→ダウンのピッキングを練習しましたよ(笑)
いいんです!
ファンなんですから!
ファンですから、真似だってしますよ、例えそれが失敗に終わってもね!
そりゃ、大ファンですから、褒めちぎりますよ!
なにやったって、怒りません。
たとえ、90年代に第二期Deep Purpleを再結成して日本公演が決まって、そのチケットをゲットして喜んだのもつかの間、来日直前になって、御大が突然Deep Purpleから脱退して、泣く泣くチケットを払い戻しても、俺は怒らなかったですよ!
だって、御大はそんな人だもん!
気まぐれで神経質で常識はずれな人ですもん!
でも好きなんだから、しょうがない!
大好きなミュージシャンや大好きな女の子に対しても、ダメな所も全部ひっくるめて、丸ごと全部愛するのが、本当の愛ですから!
でも、アレ以来、御大のライブチケット取れないんだよなぁ…生きているウチにライブ見られるかな…
ジミー・ペイジは見たんですけど、一番好きな御大のライブは未だに見られない…早くしないと御大も死んじゃうから!
で、前置きが長くなりましたが、ここからが本題…つっても短い。
怠け者ものですよ。
俺の事ね。
もう、なんかやる気が無い。
いや、鬱病ってそうんなもんなんですけど…
怠惰な毎日を過ごしている。人生の無駄遣いですよ。
人は何の為に生きているのか?
哲学的な問いですね。
ずばり、死にたく無いから生きているんですよ!
人間て、未知のモノに対して本能的に恐怖を持つでしょ?
でね、死って誰でもがいずれ経験するのに、生きている人間は死を経験出来ないってパラドックスがあるじゃないですか。
だから、誰も死を、死んだらどうなるかが分からない。
未知の領域なんですよ。
だから、死に対して恐怖を感じ、死から逃れる為に生きてるんです。
と、これはあまりにも受動的な生き方ですけど、たいていの人って無意識にそうなんじゃないかと思いますよ。
まあ、ポジティブな人は「そんな事ない!人間は意味があるから生きているんです!」なんて、しゃらくせぇ優等生みたいな事を言うかも知れませんが、俺はそうは思いません。そんな、宗教じみた事なんか考えませんから!
強いて能動的な理由を挙げるなら、動物としての本能であるところの、子孫を残す、自分のDNAを残す事によって自らの存在を次の世代に残す為に生きているですね。勿論、それだって、無意識の動機ですけどね。
もっとも、中には意味を持って生きている人が存在する事は否定しません。
でもね、大半の人が、本当に意識しないで、死から逃れる為に一生懸命生きているんです。
そう、いずれにしろ、人が一生懸命生きているって所に異論はありませんよ。
ただ、その動機の捉え方っていうか、定義の仕方が違うだけね。
誰だって、死は怖いものですから、それから逃れる為に生きるのは当然の事ですよ。
その為に、一生懸命になるのだって、当然の事です。
別に、死にたく無いから生きている、でも全然良いんですよ。
否定する事は、誰にも出来ませんから!
ただ、ちょっと虚しいだけ。自分自身がね。
ちなみに、俺みたいなネガティブ過ぎる人間は、死が未知のモノだから、逆に期待しちゃったりもするんですけどね。
生きてても辛いだけだから、死んだらもしかしたら楽しいかも、なんてね。
しかし、そこが怠け者で面倒くさがりの俺ですから、死ぬ事すら面倒くさい!
死んだら、色んな人に迷惑かけますから。
せめて、死んだ後ぐらいは、人に迷惑をかけないでおきたい、なんてチキンな発想の俺は、死んだ後人に迷惑をかけないように準備することも面倒くさい!
もう、究極の怠け者です。
死ぬ価値すらない!
あ~あ、話が鬱々な方向にいっちゃったよ~
ここまでの鬱々な部分に対してのコメントは禁止ですから!
この記事に対してのコメントは、前半のDeep Purple の部分と、この後の部分だけに限りますからね!
絶対に、それ以外のコメントは認めませんから!
てなわけで、鬱々な話はここまでにして…といって、このまま終わる訳にもいかないので…
じゃあ、動物のナマケモノの話。
あのナマケモノって、名前と違って、怠け者じゃないと思うんです。
だって、ず~っと木からぶら下がってるなんて、すげー大変ですよ!
試しに、鉄棒とか太い木の枝にぶら下がってみて下さいよ、10分と保ちませんから!
だから、あいつらって動かないだけで、かなり頑張ってる気がしませんか?
ただ動かないだけで、すげー体力使ってる気がしません?
動かないってだけで、怠け者ってネーミングは、酷いと思いません?
因に、ナマケモノって本当に木にぶら下がって動かないらしくて、動物園のナマケモノが生きているか死んでいるか確かめるのに、ぶん殴ってそのリアクションで判断するって昔なんかの本で読んだ覚えがあるのですが、本当なのかな?
と、どうでも良い事を書いて、今回はおしまい!
相も変わらず、話があっちゃこっちゃ飛んでしまい、申し訳ない!
まあ、Machine Headに入っている曲は全部名曲なんですけどね。
そして、動画の方は1972年のライブ映像。
この頃の大リッチーのストラトは良い音ですね~
(以下、リッチー・ブラックモアを大リッチーから御大と書きます)
1972年の日本でのライブを収めた、名ライブ盤の「Live in Japan」でもそうですが、この頃の御大が弾くストラトの音はエロイです。因に、俺はLive in Japanは持っていません。後輩の女の子が旅行のお土産に買って来てもらった、海外バージョンの「Made In Japan」しか持ってませんが、音質って違うのかな?
でも、ストラトの音はエロイです!
フェラーリのV12のエキゾーストノートを「天使の悲鳴」と呼ぶように、この当時の御大のストラトの音は「天使の喘ぎ声」と勝手に呼んでます。
特に、12f近辺でのチョーキングした時の音なんか、すげーエロイ音です。
ギターそのものも良いのでしょうが、ギターテクニックやサウンドメイクが素晴らしいのだと思います。
ね?エロイでしょ?
しかも、この頃はまだバンドがギスギスなかったんでしょうね、御大が機嫌良くストラトをお弾きになってらっしゃる!喜ばしい限りですよ!
でも、なんで、曲が始まる前に御大はマーシャルを揺すっているんでしょうね?
チューブかなんかが調子悪かったのか?
御大のストラトのセンターピックアップって、この頃はまだマウントされてるんですね。それに、ピックガードよりも若干高い位置で。まあそれでも配線されているかは疑問ですし、恐らく使う事もないでしょうけど。
これが、レインボーの時代に入ると、マウントすらされていないとか、マウンされていてもピックガードよりも低くセットされていたりしますね。
それにしても、流石に38年前、皆若い!
ギランも声が出てるし、御大なんか、髪の毛がまだ…おっと、それ以上は禁句だぜ!
で、ギター弾く人なら気付いたと思うのですが、御大のピッキングに違和感を感じませんでした?
普通、ピッキングはダウン→アップなのですが、御大はギターを初めて弾いたときに勘違いしてアップ→ダウンで練習してしまい、そのピッキングをプロになった後も続けているのです。
だから、なんか見ていて違和感を感じるんですね。
俺も最初はダウン→アップでしたが、その逸話を読んでからアップ→ダウンのピッキングを練習しましたよ(笑)
いいんです!
ファンなんですから!
ファンですから、真似だってしますよ、例えそれが失敗に終わってもね!
そりゃ、大ファンですから、褒めちぎりますよ!
なにやったって、怒りません。
たとえ、90年代に第二期Deep Purpleを再結成して日本公演が決まって、そのチケットをゲットして喜んだのもつかの間、来日直前になって、御大が突然Deep Purpleから脱退して、泣く泣くチケットを払い戻しても、俺は怒らなかったですよ!
だって、御大はそんな人だもん!
気まぐれで神経質で常識はずれな人ですもん!
でも好きなんだから、しょうがない!
大好きなミュージシャンや大好きな女の子に対しても、ダメな所も全部ひっくるめて、丸ごと全部愛するのが、本当の愛ですから!
でも、アレ以来、御大のライブチケット取れないんだよなぁ…生きているウチにライブ見られるかな…
ジミー・ペイジは見たんですけど、一番好きな御大のライブは未だに見られない…早くしないと御大も死んじゃうから!
で、前置きが長くなりましたが、ここからが本題…つっても短い。
怠け者ものですよ。
俺の事ね。
もう、なんかやる気が無い。
いや、鬱病ってそうんなもんなんですけど…
怠惰な毎日を過ごしている。人生の無駄遣いですよ。
人は何の為に生きているのか?
哲学的な問いですね。
ずばり、死にたく無いから生きているんですよ!
人間て、未知のモノに対して本能的に恐怖を持つでしょ?
でね、死って誰でもがいずれ経験するのに、生きている人間は死を経験出来ないってパラドックスがあるじゃないですか。
だから、誰も死を、死んだらどうなるかが分からない。
未知の領域なんですよ。
だから、死に対して恐怖を感じ、死から逃れる為に生きてるんです。
と、これはあまりにも受動的な生き方ですけど、たいていの人って無意識にそうなんじゃないかと思いますよ。
まあ、ポジティブな人は「そんな事ない!人間は意味があるから生きているんです!」なんて、しゃらくせぇ優等生みたいな事を言うかも知れませんが、俺はそうは思いません。そんな、宗教じみた事なんか考えませんから!
強いて能動的な理由を挙げるなら、動物としての本能であるところの、子孫を残す、自分のDNAを残す事によって自らの存在を次の世代に残す為に生きているですね。勿論、それだって、無意識の動機ですけどね。
もっとも、中には意味を持って生きている人が存在する事は否定しません。
でもね、大半の人が、本当に意識しないで、死から逃れる為に一生懸命生きているんです。
そう、いずれにしろ、人が一生懸命生きているって所に異論はありませんよ。
ただ、その動機の捉え方っていうか、定義の仕方が違うだけね。
誰だって、死は怖いものですから、それから逃れる為に生きるのは当然の事ですよ。
その為に、一生懸命になるのだって、当然の事です。
別に、死にたく無いから生きている、でも全然良いんですよ。
否定する事は、誰にも出来ませんから!
ただ、ちょっと虚しいだけ。自分自身がね。
ちなみに、俺みたいなネガティブ過ぎる人間は、死が未知のモノだから、逆に期待しちゃったりもするんですけどね。
生きてても辛いだけだから、死んだらもしかしたら楽しいかも、なんてね。
しかし、そこが怠け者で面倒くさがりの俺ですから、死ぬ事すら面倒くさい!
死んだら、色んな人に迷惑かけますから。
せめて、死んだ後ぐらいは、人に迷惑をかけないでおきたい、なんてチキンな発想の俺は、死んだ後人に迷惑をかけないように準備することも面倒くさい!
もう、究極の怠け者です。
死ぬ価値すらない!
あ~あ、話が鬱々な方向にいっちゃったよ~
ここまでの鬱々な部分に対してのコメントは禁止ですから!
この記事に対してのコメントは、前半のDeep Purple の部分と、この後の部分だけに限りますからね!
絶対に、それ以外のコメントは認めませんから!
てなわけで、鬱々な話はここまでにして…といって、このまま終わる訳にもいかないので…
じゃあ、動物のナマケモノの話。
あのナマケモノって、名前と違って、怠け者じゃないと思うんです。
だって、ず~っと木からぶら下がってるなんて、すげー大変ですよ!
試しに、鉄棒とか太い木の枝にぶら下がってみて下さいよ、10分と保ちませんから!
だから、あいつらって動かないだけで、かなり頑張ってる気がしませんか?
ただ動かないだけで、すげー体力使ってる気がしません?
動かないってだけで、怠け者ってネーミングは、酷いと思いません?
因に、ナマケモノって本当に木にぶら下がって動かないらしくて、動物園のナマケモノが生きているか死んでいるか確かめるのに、ぶん殴ってそのリアクションで判断するって昔なんかの本で読んだ覚えがあるのですが、本当なのかな?
と、どうでも良い事を書いて、今回はおしまい!
相も変わらず、話があっちゃこっちゃ飛んでしまい、申し訳ない!