アニメ「ガッチャマンクラウズ」感想 | タパボーイのブログ

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いまさらかよ、という感もあるけれど最近2期が製作中ということを知ったので感想。

全然ガッチャマンじゃないとか言われますけど、旧作の設定の活かし方がけっこう面白いなと思うのですよ。

オリジナルの科学忍者隊ガッチャマンは悪の組織ギャラクターの首領ベルク・カッツェが謎のお姉混じり口調で強烈な印象を残しますが、こいつは言わば中間管理職で本当のボスは総裁Xというやつ。これがなんとファーストシリーズでは宇宙から来たという以外正体不明のまま。科学忍者隊ガッチャマンⅡで、宇宙人の作ったAIという中々奇抜な設定が明かされます。

ガッチャマンクラウズでは世の中を憂う天才少年累の作ったSNSの名前が「ギャラックス」、アクティブユーザーが「ギャラクター」と呼ばれている。そして開発者累に代わってこのSNSを統括するAIが「総裁X」。

この名称からして、ああ途中でこのSNSはガッチャマンに敵対する、あるいは障害となるんだなというのが予想はつくわけですが、ここで面白いのが主人公ガッチャマンたちもギャラックスにハマっているところ。
今作のガッチャマンはガッチャマンであると同時にギャラクターである、と。
善と悪の境界が曖昧というのは作中を通してくどいほど描写される。
味方の1人ジョーは敵に「お前も暴力が大好きだ」と言われて否定できないし、悪役ベルク・カッツェはなんかショックなことがあってガッチャマンを辞めてしまった元ガッチャマンだとわかる。社会正義を志向していたSNSが社会に混乱をもたらし、人命救助を率先していた人物がテロリストになってしまう。

そしてネタバレなので未見の方は読まないでほしいが、
最終的に主人公はじめはなんらかの方法を使って悪役ベルク・カッツェと一体化してその身に封じることで無力化する。ていうかなんらかの方法ってなんだよ!そんぐらい描写してくれ!

ガッチャマンでありギャラクターでもあるというのが比喩にとどまらないわけです。

こう言われるとつまんなそうと思うかもしれないが、最終的に悪との戦いは観念的なものになる。
ダークナイトのバットマンとジョーカーなんかと一緒で、あの映画での実質の決着は船の乗客と囚人がお互い爆弾のスイッチを押さなかった時点でついているように、累があえて全ユーザーに開放した「クラウズ」の能力が混乱を収拾する方向に向かった時点でカッツェは敗北しているのだ。

まあその辺はよくある話かもしれないが、よくよく考えると終わり方はちょっと不気味だ。
エピローグで総理はギャラックスに、というか総裁Xに政治についてのお伺いをたてるようになる。
本作での総裁Xは累に化けたカッツェにいいように操られるものの、基本的にすごい善良なAIとして描写される。夕陽が美しいと偽の累に話しかけ、偽の累に「これから流れる血の色のようで綺麗」と返されて歎き悲しみ、本物の累に同じ問いかけをしてその返答から本物を見分けて戻ってくるというシーンは全話通して屈指の涙腺決壊ポイントでもある。
しかし、しかしですよ。総理がAIにお伺いたてて、国中の人がAIに支配されたSNSに流されるってやばくないか?
ぶっちゃけ世界征服がすごい綺麗なかたちで成功したのと一緒なんですよね。ちょっと、というかかなりモヤモヤする。

話を戻すと、主人公はじめはカッツェを吸収し、一緒に人生を歩むことで無力化を図る。
ようするに悪に対する最大の勝利って「世の中そんなに捨てたもんじゃない」と思わせるしかない、と。
主人公はじめは「ヒーローってなんだろう?」と言っていましたが彼女なりの答えがこれということなのではないでしょうか。

ていうか2期ってなんだよ!どうやって続けんだよ!ムリゲーだよ!