「何の為に勉強をするのですか」



この言葉に対してまともに答えられる教師や大人はどれくらいいるのだろう



「良い会社に入って幸せになる為」



「正しい判断を出来るようにする為」



本当にそうだろうか



勉強をすれば幸せになれるとは限らない



勉強をすればかならず正しい判断が出来るようになるとは限らない



「勉強をする」という、明確な答えにはなっていない気がする



では、何の為に勉強をするのだろう



個人的な考えだが、『可能性』を残す為ではないだろうか



大抵の人は、学校の勉強のほとんどを使うことはないだろう



しかし、いつ使うときが来るか分からない



様々なものを見れるようになったとき、いつかやりたいことが見つかるかもしれない



もしも見つかったとき、勉強している他人と勉強していない自分、どちらの方が不利になるだろうか



生きて行く為に競争をするのは当たり前の世界



常に周囲の人々と戦っている



周りの人達は勉強をしてきて知識を持っているので、すべてを勉強しなくとも必要な勉強をすればいい



自分は勉強をしてこなかった為、一から勉強しなければいけない



勉強をしていない事実は明らかに不利になる



なので可能性を残しておく為にも、勉強はしておかなくてはいけないのではないだろうか



勉強したことのほとんどは、人生の役に立つことはないだろう



それでも、その中で役に立つものがあるかもしれない



そのときの為に可能性を残しておく、それこそが学校の勉強の意味なのではないだろうか



子供になぜ勉強をするのかと聞かれたとき、恐らくほとんどの大人が明確な答えを言えないだろう



大人も日々考え、その様なことを言われたときでもはっきりと自分の考えが言えるような



そんな大人が増えて欲しいものだ