「単純な話だ。普通のケーキじゃ安心出来ないんだ」


「安心出来ない?……あなたともあろう御方が……甘いものは殊更お好きであったはず。それに、ケーキが怖いなら何故、今ケーキを前に喜んでいらっしゃるのでしょう?」



やはり、隠しておくわけにはいかないらしい。




「わーったよ。話すよ――」






だいぶ昔の話、俺がまだ餓鬼の頃――人間だった頃に体験した話だ。





俺はその日、学校が終わって一度家に帰ってから当時仲の良かった仲間達と一緒に近くの公園で遊ぶことにした。

夕闇に包まれた頃になって、かくれんぼをしていたら…

珍しいことに当時の父と母、そして妹――俺の家族全員が揃ってその公園まで迎えに来た。


それがまた当時の俺には結構嬉しかったらしく、


かくれんぼを途中で切り上げて、友達に一声かけて家族と共に一緒に帰った。


やがて、夕食の時間が来て、母が1階のダイニングから声を張り上げた。


俺の部屋は2階だったから大声で返事して下へ降りた。

その日は実は俺の誕生日だった。だから、夕食はご馳走だった。大好きなハンバーグとかが並んでた。

寡黙な親父も、さっさと平らげてしまった俺に「半分、食うか?」とかかなり気を配ってた。

そんな中、いつも見ていた番組の時間になったのでテレビをつけると何故か砂嵐になっていた。

どこのチャンネルを回してもテレビはザーザー言うばかりだった。




今、思えば“異変”はこの時に気付くべきだったのだ。




すると、突然母親がリモコンを取り上げ、テレビを消した。


その顔がやけにニコニコしてたので、ちょっと不気味だったのを今でも覚えている。


夕食も終わってからも、やっぱり皆がニコニコ微笑みながら

「ケーキ、買ってあるの」


「美味しいケーキだよ」


「早く食べなさい」


――と、それぞれから促された。そこで俺は一つの悪戯を考えた。


昔からこう優しくされると、逆に意地悪したくなるとかいう天邪鬼的なものだ。


トイレに行ってくると言って、そのまま帰って来ないという、まぁ餓鬼らしい発想だ。


当時の家のトイレは鍵をかけるとノブが動かなくなる仕組みで、ドアを開けたまま鍵をかけてそのまま閉めると、トイレが開かずの間になってしまうのだ。


その家に越して来たばかりの頃は俺が良く悪戯して、頻繁にコインをカギ穴に突っ込んでこじ開けるということがあった。


で、俺はその方法でトイレの鍵を閉めて、自分はトイレの向かい側の脱衣所の床にあるちょっとした地下倉庫に隠れて、呼びに来た家族を脅かそうとした。







―――らしい。









“らしい”というのは―――これは後に聞かされた話だが、実は俺は公園で友達と別れた後、行方が分からなくなっていたのだ。


俺はかくれんぼ中に突然、「帰る」と声を張り上げてさっさと帰ってしまったので、誰かが迎えに来たかどうかは一緒に遊んでいた仲間も誰ひとり見ていないらしかった。


日が暮れても何の連絡もない俺を心配して、両親はやがて警察にも捜索願を出して、町内のスピーカーで呼びかけもした。


親父は俺の当時の友達の家に電話かけてたようだが、かなり取り乱していたそうだ。

母親なんか早々に泣き崩れてたらしい。





一方の俺は、例の地下倉庫に隠れている時、自分の名を連呼し探しているという町内放送を聞いてしまった。







じゃあ、今いる此処は何処なんだ!?




目の前にいる家族は一体誰なんだ!?











困惑していると、突然ダイニングの扉が勢いよく開かれて、



家族がぞろぞろとトイレの前に歩いて来て、また先ほどのように――



「ケーキ、買ってあるの」


「美味しいケーキだよ」


「早く食べなさい」


――と、声をかけてきた。



そのトーンがまったく同じだったのをはっきり覚えている。

俺もただならぬものを感じてその様子をこっそり見てた。



すると、家族はまた――



「ケーキ、買ってあるの」


「美味しいケーキだよ」


「早く食べなさい」



――と、言いながら、トイレのノブをガチャガチャ言わせ始め、そのうちドアを叩き始めた。


ついにはドアを蹴り破りそうな勢いの、すごい音が鳴り響いた。



俺はなにがなんだか分からなくなっちまった。ただ、即座に分かったこと、それは――見つかったら、絶対殺されると思ったのだ。



そうこうしている内についにドアが破られて、嫌な静寂が流れた。



やがて、その家族に瓜二つの“何かども”はさっきの、


「ケーキ、買ってあるの」


「美味しいケーキだよ」


「早く食べなさい」



――を、繰り返しながら2階に上がって行った。


俺はその機を逃さず、弾けるように地下倉庫を飛び出した。そして、家の玄関から靴もはかずに全力疾走で逃げ出した。



無我夢中で走って、着いた先はかくれんぼをしてた、先ほどの公園だった。



そこにはパトカーが止まっており、聞き込みをしてた警官の姿を目にした俺はすかさず抱きついたらしい。

















「家族と瓜二つの姿をした別の存在、ですか……興味深いですね」


「それからさ。俺の目に普通じゃないモノが普通のように見えるようになって、命を付け狙われるようになったのも……」


「それからケーキもからきしダメに?」


「あぁ、トラウマってやつだな」


「それが何故、急に?」


「今度、どうしてもケーキを持っていかなくちゃならなくなってな……で、だったら、お前さんに作ってもらおうと頼んだんだ」


「ケーキそのものには直接的な原因はないかと思いますが…」


「確かにな。だが、同じケーキでもお前の作ったものなら安心なんだよ」


「ちなみに、私がケーキを作れる事を誰から聞きましたか?」


「〈棺屋〉だよ」


「……そろそろ、あの人との付き合いも考え直すべきかもしれませんね」


「そう言うなよ」






その時だった。









店のドアの向こうから、ノックをする音が聞こえた。




嫌な予感がした。このタイミング、まさに狙いすましたかのようだ。




一瞬、身構えた俺だったが――その脇を通り抜けた環がやがてドアを開けた。





ゆっくりと開けたドアの向こうには、アルミの岡持ちを提げた白の上衣を羽織った若い女性がいた。


どうやら近所のラーメン屋からの出前だった。



環は開店前によく近所にあるラーメンを頼んでは食べてるらしい。ただ、どうにも白い仮面を付けたまま麺を頬張る姿は想像はつかなかった。




「ご苦労様。ところで、お父さんの容態はいかがです?」


環が娘に尋ねると、


「えぇ、おかげさまでだいぶ良くなりました――それじゃあ、店が忙しいのでこれで…」




そう言い残すと、娘はドアの向こうに消えていった。


そのドアが閉じられる寸前――その若い美貌が一瞬、俺を振り向くや否や、口唇だけが何かを発したのを俺は知らなかった。


















「早く食べなさい」――と。






〈了〉