そいつは白煙と、鼻孔を突き刺す異臭を放ちつつ、俺たちを怨嗟の眼差しで睨み付けながら溶け崩れていった。




ぱっくりと裂けた胸から覗かせていたのは、



ガラスのような素材を思わす、不気味に脈打つ透明の心臓と――



そこからどくどくと零れ落ちる、タールのような漆黒の液体――



そして、もうもうと立ち昇る白煙――





大地に横たわる、その奇妙且つ複雑な器官で構成されていた中身と構造は、明らかに人間以外のそれを無惨に曝していたのだ。




「…な…何なの…」


いつも通り、白のパナマ・ハットと純白のスーツをニヒルに着こなした俺の隣で、一人の若い娘がこみあげてくる恐怖と戦いながら、そんな言葉を漏らした。



急激な交感神経の興奮状態は、多くの血管が収縮するため末梢血管抵抗が増大し血圧の増加と心拍数の上昇を促してるはずだ。



一般の人間なら、妥当な反応だろう。



こんな奇怪醜悪なモノ、いきなり見せ付けられた挙げ句、眼前に横たわる歪な現実が実は重なって存在してるだなんて、そんな理不尽な話がすぐに理解出来るはずなどないのだ。でなければ、こんな楽な仕事はない。





「これが“G”だよ」

俺はつばを持ち、目深に被り直した。


「そうじゃなくてっ!…ヒトじゃないでしょ…これ…」


そうつぶやく娘の顔が汗でびっしょりだ。身体が震えはじめていた。完全に理解の外だろう。







今にして思えば…





最初に出会った頃の、あの威勢の良さ、大胆さ、若者だけに許される無謀さ…







三日前の、あの最初の衝撃的な出会いが今はもう、随分昔のような懐かしさすら感じるくらいだ。















その「三日前」―――




その女子高生はいきなり、俺の事務所――都内某所の雑居ビル三階に構えた、『英(はなぶさ)クリーナー事務所』――のドアを押し開けるや否や、ズカズカとデスクで新聞を読んでいた俺の前にやって来た。





夕方18時。つい先程、眠りから覚めたばかりの俺の脳も未だ惰眠を貪っていたため、このいきなりの侵入者に脳がついていけないでいたが…





次の瞬間、俺の脳は雷に撃たれたかのような衝撃に一気に覚醒した。







見覚えのある都内某私立高の制服に身を包んだ、170以上はあるスレンダーな女子高生は、俺の腰掛けていたデスクの前に立ち止まった。


そして、ただでさえ見えそうな短いスカートの裾を両手で摘むや否や、いきなり捲りあげたのだ。









――無い。そこを覆ってるはずの下着が……何も履いて無いのだ。









「…い、今…見たな、オッサン?」




顔中真っ赤にしながら、その女子高生は上目遣いで静かに、低いトーンで俺に確認してきやがった。“見たな”じゃなくて、“見せた”んだろうが。







「…誰だ、おまえ?いきなり、人様の事務所に上がりこみやがって…」




その上、自分で自分のスカートの中身をみせつけやがった。見覚えは全くない。新手の変態か、痴女に違いないが…







「見たのか、聞いてんだよっ!どっちなんだよ!?」


加えて、最近の餓鬼は口の聞き方がこれだから扱いに困る。






「あぁ、この至近距離だ。しっかり拝ませてもらった。これで満足したか、この変態痴女……?」



俺の言葉は途中で遮られた。


眼前で、今度は嗚咽を漏らしながら泣き始めたのだ。一体何なんだ、こいつは。






「おい…何のつもりか知らないが――」


「だったらさ…お願いだから…私を…頼むから…助けてヨ…」







仕事柄、こういう流れは初めてじゃない。依頼料が端から払えないから、身体で払うと言いだす女とか…だからこそ、そこに持ち込まれてくる仕事のどれもが、ロクなもんじゃねえ。






今回も一瞬そう思った。





が、俺の予感は見事に裏切られた。ただし――嬉しい誤算というべき形で。







「あのさ、それだけじゃ、話が見えないんだけどな…お嬢ちゃん。――俺は英銀星(はなぶさ・ぎんせい)。お名前は?」


やれやれという顔で立ち上がった俺は、ついに座り込んで泣き崩れた娘の前まで移動すると、ゆっくりとしゃがみ込みながら娘の顔をあらためて覗き込んだ。



ほう。なかなかのべっぴんだ。まだ、残滓(ざんし)の如く幼さを留めているが、モデルにも負けないくらいの容貌はあと数年もすれば擦れ違う男の誰もが思わず振り返ってしまうくらいの美女になる。それだけの素質を感じた。







そして――同時に感じた。




この娘を苦しめる元凶――そこから漂う、限られた奴にしか嗅ぎ取れない“匂い”というか“感覚”。


目には見えない。無色無臭でありながら、付着してるのが俺には何故か分かるのだ。そこに含まれる、どす黒い明確な意志と指向性が。


それは極めて微弱な信号波のようなカタチで、こちらを刺激してきた。細い、可視出来ぬ程の糸のような鋭さで――























間違いない――“アレ”だ。