え~と、ですね。
私が仲良くさせていただいていますDearsブロガー様の何人かの方々のところに心ないけしからん中傷メールやコメントが頻発しているようで…
GACKT兄貴の今回の募金活動が詐欺だどうだとか、あーやこーやと文章センスもないくせに駄文を書き散らしてるなかで…
ちょっと、さすがに、見過ごせないものがありまして…
私が仲良くさせていただいているあるDearsさんは福島県の南相馬市にいらっしゃいまして…御存知の通り、今回の震災で壊滅的な被害を受けた街のひとつなんですが、今、余震と原発の問題に振り回されながらも必死に復興に向けて頑張っておられてます。
で、その方はメディアからでは知ることが出来ない、被災地でのリアルな本当の声を発信するべく、お忙しいなかを今も毎日ブログを更新されていらっしゃるわけです。
そのブログのコメント欄に先日、以下のようなコメントが書き込まれていました。
〔あなた達のせいで子供手当ての支給がなくなり激しく怒りがあふれてます。あなたの日記は不満ばかりですがあたし達も不満爆発です。あたしは募金しました。あなた達を食わす為に。。感謝してるなら不愉快な日記書かないでくださいね〕
文面から察するに、子を持つ親でしょう。で、この内容ですからね。
往々にして、こういう書き込みを書く本人は、恥ずべき行為をしたなどという認識はいたって希薄でしょうね。
自分の思考や言葉って、やみくもに選んでるわけではないんですよ。思考が始まるその奧にある“意識”が選び出してるんです。
意識の根底に憎しみがあれば、憎しみの思考→憎しみの言葉(感情)を発するわけです。
恨みがあれば、恨みの思考とその言葉が発せられ、
怒りがあれば、怒りの思考と怒りの言葉を発する。
逆に、幸せであれば、肯定的な思考と肯定的な言葉を発する――と。
そういう根底にある意識が基盤となって、思考し、感情が生まれて、その繰り返しがあって、“行動”が決定されるわけです。
で、意識って、どんな部分にも自分を出す。曝け出してるんです。
他人に放つ言葉にも、実は己自身が無意識にこだわってる事を口走ってるんです。
で特に、自身が精神的に窮地に立たされているときほど、実は生身の己自身がゆっくりと首をもたげながら、姿を現してるんです。
つまり、自分の言葉は自分を語る以外の、何物でも何者でもない――と。
彼らの語る言葉は、実はすべて、語った当の本人のいわば“持ち物”。カミングアウトしてるのとおんなじなんです。
言葉は知らぬ間に自分を語ってるんですよ。
だから、昔からよく、“人にバカバカ言う奴ほどバカ”ってのも、理にかなってるわけで。
ま、かくいう私も決して他人事ではないんですがね(苦笑)
でも、間違っても――ずっと、被災者の為に必死に頑張っている兄貴に“詐欺”だとか、
懸命に一日一日を生きていらっしゃる被災者に“不愉快”だとか“不満”などの言葉は言いません。
これらの言葉は、そっくりそのまま当人たちに返したい。
それは、なによりあなた方自身を如実に語ってるから―。
いい加減、自分を認めてみたら、と言いたい。
ほんとの自分を認めようとしないから、人のせいにしたがるってこと。
自分と向き合えば、それがわかるよ、きっと。まず、そこから始めなよ。