人間万事塞翁が馬
こんにちは。
心理カウンセラー&エネルギー転換起業コンサルタントの
中島 みかです。
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今日は、私の人生が変わった話。
これまでに何度か
「人生が変わった。」
と思う転機はあったのだけど、
今思うと、これが一番最初の
人生の転機でした。
【暑い夏の1日】
今日は、8月12日。
39年前、
日本航空123便が御巣鷹山に墜落した日です。
あれからもう39年。
本当に早いものですね。
39年前、私は高校3年生でした。
そして、その高校3年生の夏休み、
私は、徳島大学病院に入院していました。
1学期の途中から右目に異変を感じていて、
右目だけで見ると半分くらい真っ暗なのです。
だから、夏休みになってから街の眼科に行ったら、
「明日、すぐに大学病院に行きなさい!」
と言われて、翌日に徳島大学病院へ。
そこで診断されたのは、右眼網膜剥離でした。
「今日入院して欲しいくらいだが、
何の準備もしていないでしょう?
だから、明日入院してください。
非常に危険な状態ですよ。
このままだと失明します。
どうしてこんなになるまで放っておいたの!?
今日車で帰る時も夜も絶対安静です。
頭をできるだけ動かさないように。
これ以上網膜が剥がれると元に戻りませんよ。」
というようなことを言われ、
私は、絶望のどん底に落ちてしまいました。
だけど、私以上にショックを受けていたのは、
多分、付き添ってくれていた母かと思います。
親になった今、私も娘がそんな宣告されたら、
自分が辛い方がマシだと感じますからね。
そして、39年前の夏休み。
私は、即刻入院となり、検査を経て
網膜剥離の手術を受けました。
(目に打つ麻酔、怖かった!😭💦
途中で麻酔が切れて痛かった~!😭💦💦💦)
そして、手術後は貼り付けた網膜が剥がれるから
絶対に頭を動かさないように!と指示が出て、
寝返りもしてはいけないという、
人生で初めての「絶対安静」の入院患者となりました。
ずっと仰向けのまま、右も左も向いてはいけない。
それはそれは苦しい数日間でした。
(寝たきりの人の辛さを初めて知りました。)
それに、今では考えられないけど、
当時の病院は、
夜の9時になったら冷房が切れるのです。😱
その後は、暑くて暑くて眠れない。💦
でも、24時間付き添ってくれていた
母の方がしんどかったに違いありません。
本当に母には頭が上がりません。
お母さん、あのときは本当にありがとう。🙇♀️
そんな暑い夏の夜、
大学病院のベッドの上で消灯になった後、
テレビをイヤホンで聞いていたら
飛び込んで来たのがこのニュース。
「日本航空123便が行方不明になりました!」
ん?
行方不明?
どうして?
と私は思ったものの、
それ以上深く考えることもなく、
その晩も眠ってしまったと思うのですが、
翌日のラジオからは、
大変な航空機事故が起こった!
と大騒ぎの報道が繰り返されていました。
だけど、私は、目を塞ぐために
包帯で頭をぐるぐる巻きにされてるから
テレビの映像は見ることができない。
生存者がロープで吊られて
自衛隊のヘリコプターに救助されたことも
かなり後になってから知りました。
この墜落事故もとんでもない大変なことだけど、
今、自分の身に起こっている絶対安静の入院も
当時はまだ18年しか生きていなかったけれど、
自分史上最大の出来事で、最大の絶望を感じていた私。
包帯でぐるぐる巻きにされた頭の中で、
色々な思考や感情もグルグルしていました。
なんでこんなことになったのかなぁ。
なんでこんな辛い目に合わないと行けないんだろ。
神様は不公平だ。
なんで私ばっかり。。。
お母さん、本当にごめんね。申し訳ない。
とか、いろいろ。
だけど、
人生とは、
どこでどうなるか分からない。
まさに、人間万事塞翁が馬。
この絶望の網膜剥離がなかったら、
今の私はいないのです。
病院のベッドの上で思考がグルグルする中、
私の中で「ある思い」がキラキラと光って現れだしました。
その思いとは、
「もうこれ以上悪いことなんて起こらない!
今がどん底。
たった一度の人生じゃん!
もう好きなことやろう!!!」
と、開き直るというか、
本当の自分の気持ちを出そうというか、
そんな気持ち。✨
なぜなら、実は、私は入院するまで
「看護学校を受験するための勉強」をしていて、
卒業後は、看護学校へ進学しようと思っていたのです。
だけど、それは本当は、
自分が心の底から
したいことではなかった。
家の事情、お金の事情、その他の理由を勝手に付けて、
これなら安心かなと思う進路として決めていたのでした。
本当は、私がなりたかったのは、大空を飛ぶ
スチュワーデス!
だったのです!✈️✨✨✨
だけど、そんなの夢のまた夢。
すごい人だけがなれるもの。
そもそも、もともと視力がとても悪い私は
応募条件だって満たしていない。
(網膜剥離の原因も強度の近視と言われた。😥)
受けたって落ちるし、何よりこんな田舎で
「スチュワーデスになりたい!」
なんて言ったら、みんなに笑われるわ。😅
恥ずかしすぎする!💦
と思い込んでいたのでした。
だけどね、白衣の天使になる前に、
自分が白衣の天使のお世話になっちゃった。
しかも、そこ(大学病院)にいたのは、
白衣の天使ではなかった!😂
怒るや~ん、看護婦さん。😱💦
怖いや~ん、看護婦さん。😂💦
まぁ、そんなことは置いといても、
看護婦さんの仕事を目の当たりにして、
私はこう思ったのでした。
「これは、本当に私がしたい仕事ではない。」
そして、生まれて初めて(赤ん坊の時を除けば)
排泄まで人のお世話になる入院生活で、
人生のどん底を味わった花の女子高生の私は、
頭を包帯でぐるぐる巻きにされながら
一つの考えをまとめました。
「たった一度の人生じゃん!
本当にやりたいことをやろう!
やってダメでもいいじゃん!✨」
なので、退院して9月に学校へ登校したとき、
担任の先生にこう言いました。
「私、進路変更します!
東京へ行きます!
スチュワーデスになるための専門学校へ進学します!✈️」
先生、目がテン!👀💦💦💦
それからのことはあんまり覚えてないけど、
入院生活で迷惑をかけた母に
「東京へ行かせて欲しい。学費を出して欲しい。」
と頭を下げたことは覚えてる。
39年前のあの夏、
あんな大きな飛行機事故があったのに、
私はその世界へ入ろうと決意して、
なんと、願えば叶う!✈️✨
それから2年で外資系の航空会社の試験に合格し、
夢にまで見たスチュワーデスになれたのでした。
だから、
災い転じて福となす。
人間万事塞翁が馬。
人生とは、
いつどこで、何がどうなるか分からない。
なので、もし今悪いことがあったとしても、
それがきっかけで
良い方向へ進んでいるかもしれないと
思うことが多くなりました。
夏になって8月12日を迎えると、
私は毎年、あの暑くて、痛くて、辛くて
苦しかった入院生活を思い出します。
そして、どんなことにも感謝だなぁと
改めて思います。
実は、スチュワーデスになってからも
ものすごい稀有な経験をしたことがあります。
でも、それを書くと
終わらなくなるのでやめときます。
今日は、改めて空の安全を祈る一日です。✨
そして、今では私が多くの人に言う言葉。
夢は、諦めなければ、必ず叶う!
決意して行動すれば
必ず夢を掴むことはできる!
これ、本当なんですね。
なので、もし、今、あなたに夢があるとしたら、
絶対に諦めないで行動しよう!
そうすると、夢の方から近づいてくれます。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
こちら、夢が叶った後の38年前の私です。
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