そうそう。
明日はぢんさんが群馬にやってくる。
どうしようか ずっと迷ってはいたのだ。

東京でもなく
京都でもなく
沖縄でもなく、
金沢でもなく、
群馬に。
だが、別の意味で 桐生は遠く感じていたのだ。


ぢんさん・・・。
「心屋仁之助」 という人をはじめて知ったのは
たぶん、二年以上前になるだろうか。

私のカリグラフィーの先生が
ときどきブログで紹介してくれていて。
(この先生との出会いもまたご縁なのだ)


去年の秋あたりからだろうか
急速に いろいろ 
心屋さんの本や 
ブログや
活動や
Facebookを見るようになり

今年の 私的・未曾有の大事件のさなか、

ここ数年かかえている閉塞感の元を探るのはこれだ、と
光るシグナルを見つけた。

でも
どうしてよいか 結局はつかみきれず、
でも
あちこちに 散らばるシグナルをたどり

気になるカウンセラーさんのブログも読みあさり



ふっと よばれて、
ふっと お膳立てがそろって。
ちょっとだけ 踏み切り番をふみこめば
ハードルを越えられそうで

「バンジー」
「ミッション」
と いう言葉に背中をおされて動いてみる。



ゴールテープはなくとも
たとえば RPGの次のステージが開かれるように
「OPEN」のレバーが待っている


踏み切り板を踏み込むのも
「OPEN」のレバーを引くのも
勇気は いる。


最近 このハードルが低くなっているように感じる。


「ふっと よばれて お膳立てがそろう」
「ふと 気が付くと 手駒がそろってくる」

これ
私にとって すごくだいじなキーワードで。


私は
私であろうとするために
いつも戦ってきたような気がする。

だから、
戦略として、戦闘力として
「駒」が必要だったんだと思う。

でもね
協力してくれたり
助けてくれたりする 人を「駒」ってどうよ?
と 思う。

もう、戦わなくてもいいからね
自分に戻るのに、余分な力なんかいらない
ただ、「その時」に「お膳立て」にのる、勇気だけ。

私に「手駒」という武器があったから勝ち取れたのではなくて

「えいやっ」って乗った私の勇気は えらい
「お膳立て」してもらったのは ありがたい、
がんばってない時でもお膳立てが発生するのは
私自身に 価値があるから
ちゃーんと すばらしいから


他人の目にどう映ろうとも
私が私を認める「旅」をすることを
誰にも遠慮しなくていいのだ


明日は
心の扉を開いてゆく鍵が 誰の手にもあることを
伝えてくれる人に「会いに」行くのだ。