出産報告です
3月16日
am1時38分
元気な女の子を出産致しました
名前は『有那(ゆな)』です
読みは旦那、漢字は私がつけました。
この地震、余震の中での出産となり
かなりの不安の中での
お産となりました。
ここからは、自分の記録の為もあり、
ちょっとリアルな記録になっておりますので
興味があったらお読みください
↓ ↓ ↓
予定日3月9日…
健診でしたが、一向に出てくる気配なし
子宮口が固く、全然開いてないとのこと。
3月9日という日をイベントかのように
楽しみにしていた私は
9日が終わると共に、すっかりイベント終了の感覚で、明日からは自宅に戻って
お腹も引っ込んで、職場に戻るような気にもなっていました
陣痛促進のため、ラベンダーのアロマを焚いてみたり、母に足にある子宮のツボを押してもらったりしました
10日…出てくる気配なし
妹と新たにモールを開拓
宮原にあるステラタウン
小さな川崎みたいな所でした。
11日…
妹達が2人とも休みだったので、
3人で上尾のまるひろへおつかい。
その前にお茶をしている時に地震は起きた
長い長い揺れだった…
これがこのあととんでもない被害を起こすとは思いもしなかった。
揺れも落ち着き、まるひろへ行ったら、
地震のため全館閉館とのこと。
お目当ての梅ヶ枝餅が買えなかった。
車を出そうとしたら、スプリンクラーが作動したせいか、出庫できない状態
その後出庫できたが、
TVで東北地方の状態を知る
12日…まだ出てきません
というか、地震後から続く余震などもあり、
今産まれてきたらどうしよう
という思いになる。
余震が怖くて、今産まれてこないで
と、1日前とは全く逆の身勝手なお願いを赤ちゃんにしている。
お産促進の為欠かさずやっていた、
スクワットや散歩などの
運動もやめてしまった。
13日…まだ産まれません。
毎日の地震の報道TVにかなり気が滅入る
震災地の方々への援助とか
そこまで自分の気持ちの余裕がない。
今、赤ちゃんを産んでいいのかわからなくなった。
旦那が10日ぶりくらいに30分程だったが、会いに来てくれた。
マタニティブルー、出産への恐怖に加え
地震への恐怖がかなり負担になっている自分に気付く。
まずは、地震という現実から目をそらし、
出産に集中しようと決める。
TVを見ないようにすることにした。
14日
am2:30 破水!?
am8:00 おしるし 生理痛のような痛み10~15分間隔
↓痛みが増す
19:00 破水だったら危険なので、一応病院へ
破水ではなかったらしい。しかも子宮口はまだ全然閉じているとのこと。
痛みも『顔をしかめるくらい痛くなったら来てください。』と
しょぼーんな気持ちで帰宅
↓2時間程仮眠
23:00 生理痛のような強い痛みで目が覚める
10分間隔の痛み
↓そのまま寝れず、徐々に痛みは強くなる
15日
陣痛は7~9分間隔
お昼前には顔をしかめるくらいの痛さに
16:00 お母さんが内診してくれる(←元助産師)
子宮口はまだ全然閉じている
。
母『指2本分開けといてあげる』と
(←病院には内緒)
1,5cm開く。
その際、やっぱり破水かもしれないと、入院の支度をして病院へ。
17:00 入院
↓陣痛徐々に強く
1時間に1cmのペースで子宮口が開く
21:30 旦那到着。入れ替わりに次女帰宅。
22:00頃 7cm
23:00頃 8cm
24:00頃 9cm
16日…am1:00前、子宮口全開になるが、まだ陣痛室。
痛みを逃す間にも大きな余震が
でもそれどころじゃない
意識朦朧の中で看護師さんの声がうっすら聞こえる…『子宮口全開になったのですが、赤ちゃんの大泉門が見える…』
え
てことは、後頭部から産まれてこないといけないところ、顎をあげておでこの方から出ようとしているということ。。
それが聞こえて、『もうやだ
』と叫ぶ私…
それからどれくらいたったのか、やっと分娩室へ移動
クラシックが流れ、イラストが描かれたきれいな分娩室。パタパタと看護師さん達が数名忙しそうに働いている。
分娩台に乗ったものの、究極の痛みの波を逃しながら、さてどうするのか…何も始まらない
思わず母に『何待ち
』と聞く。
母『今準備してるのよ』
…早くしてぇ~
準備が整い、看護師さんが『次の陣痛が来たら、2回大きく深呼吸して、次大きく息を吸ったら息を止めて、状態を起こし、おへその方を見て、思いっきりいきんでください』
『え
何何
もう一回
』
長い指示が頭に入ってこない
なんとか5回くらいそれをやったのかな…
次は『ハッハッハッ』と息を吐く呼吸法。
これが私には難しかった
おしりの方を押してくる陣痛の波が、いきまず呼吸だけをするということを妨げる…
『いきみたい
』思わずいきんでしまう
『いきまないで
呼吸』
そんなことを何度か繰り返していたら、
つるりッ
出た
分娩室へ移動してから30分くらいだったと思う。
夜中1時38分産まれました
3010g 49,7cm の女の子
分娩時間9時間48分
私の感想『信じられない
』
産まれたら、感動の嵐なのかと思っていたら、自分から、自分の子供が産まれたことがまず、信じられない
洗われて、計測が終わった赤ちゃんが来る。
ちっちゃーい
ちゃんと人間だー
写真を撮ったり、おっぱいを吸わせたり
それからまた赤ちゃんは預けられ、1時間半くらい分娩台で横になったあと、さっきまでもがき苦しんでいた陣痛室へ。
お昼頃にならないと病室が空かないらしい。
『あれ?こんなに明るかったっけ?この部屋』
と思うほど、陣痛中は意識朦朧で暗く見えてたこの部屋。
つるりっ体験後、分娩室も電気がついたのかな?と思ったくらい目の前がパッと明るくなったのを思い出した。
分娩室から部屋へ運ばれる際、貧血を起こしやすいので十分気を付けて下さい。と。
『はい』と歩いて部屋に戻ったんだけど、
あとから他のママに聞いたら、歩いて部屋に戻るとか凄いらしいね
普通、ストレッチャーで寝かされて運ばれたり、車椅子らしいね
そのあとも、『お手洗いに行くときはナースコールで呼んで下さいね』と言われていたので、
ナースコールを押して看護師さんを待つ。
なかなか来ないから、歩いて先にトイレ行っちゃったけど、きっとそんな元気な産婦に驚いたんだろうな
体力だけはあるからね
そんな感じだった出産経験
私も人の親になりました
しかし、地獄は翌日から始まった…
出産した日は、母児別室なので
『私の赤ちゃん元気ですか~
』と言って覗きに行っては『かわい~
』だったんだけど
翌日、授乳指導のあと、部屋に帰ってきたベビと私。それから3時間は寝ててくれたんだけど、起きてギャン泣き、そこから大変だった
1週間経った今は、どうすればいいかわかるけど、その時の私はわからなかった。
急に言葉もわからない宇宙人みたいな超壊れ物を、急に預けられて、何をしても泣き止んでくれなくて、途方に暮れた1日目。
家族が面会に来てくれて、少し気が収まるものの、面会時間終了時間が近づいて、帰ろうとしている時、お義父さんからのメールに気付く。
ギャン泣き時に連絡くれてたんだ…気づかなかったよぉ~
今から来るって~
え~
私パニック
帰ろうとしていた家族を引き留め、守衛室に時間外面会をお願いし、お義父さんを迎える…凄く喜ぶお義父さん…
…つ、疲れた
一気に疲れた1日目
徐々に子育てに慣れ、無事退院
今も手探りながら子育てに励んでおります。
お水ないけど
どうにかやっております。
有那は、お腹にいた頃から変わらずいい子ちゃん、
今朝なんか5時間も寝てくれたよ
これからずーっと一緒です。



3月16日
am1時38分 元気な女の子を出産致しました
名前は『有那(ゆな)』です
読みは旦那、漢字は私がつけました。
この地震、余震の中での出産となり
かなりの不安の中での
お産となりました。
ここからは、自分の記録の為もあり、
ちょっとリアルな記録になっておりますので
興味があったらお読みください
↓ ↓ ↓
予定日3月9日…
健診でしたが、一向に出てくる気配なし
子宮口が固く、全然開いてないとのこと。
3月9日という日をイベントかのように
楽しみにしていた私は
9日が終わると共に、すっかりイベント終了の感覚で、明日からは自宅に戻って
お腹も引っ込んで、職場に戻るような気にもなっていました
陣痛促進のため、ラベンダーのアロマを焚いてみたり、母に足にある子宮のツボを押してもらったりしました
10日…出てくる気配なし
妹と新たにモールを開拓
宮原にあるステラタウン
小さな川崎みたいな所でした。
11日…
妹達が2人とも休みだったので、
3人で上尾のまるひろへおつかい。
その前にお茶をしている時に地震は起きた
長い長い揺れだった…
これがこのあととんでもない被害を起こすとは思いもしなかった。
揺れも落ち着き、まるひろへ行ったら、
地震のため全館閉館とのこと。
お目当ての梅ヶ枝餅が買えなかった。
車を出そうとしたら、スプリンクラーが作動したせいか、出庫できない状態
その後出庫できたが、
TVで東北地方の状態を知る
12日…まだ出てきません
というか、地震後から続く余震などもあり、
今産まれてきたらどうしよう
という思いになる。
余震が怖くて、今産まれてこないで
と、1日前とは全く逆の身勝手なお願いを赤ちゃんにしている。
お産促進の為欠かさずやっていた、
スクワットや散歩などの
運動もやめてしまった。
13日…まだ産まれません。
毎日の地震の報道TVにかなり気が滅入る
震災地の方々への援助とか
そこまで自分の気持ちの余裕がない。
今、赤ちゃんを産んでいいのかわからなくなった。
旦那が10日ぶりくらいに30分程だったが、会いに来てくれた。
マタニティブルー、出産への恐怖に加え
地震への恐怖がかなり負担になっている自分に気付く。
まずは、地震という現実から目をそらし、
出産に集中しようと決める。
TVを見ないようにすることにした。
14日
am2:30 破水!?
am8:00 おしるし 生理痛のような痛み10~15分間隔
↓痛みが増す
19:00 破水だったら危険なので、一応病院へ
破水ではなかったらしい。しかも子宮口はまだ全然閉じているとのこと。
痛みも『顔をしかめるくらい痛くなったら来てください。』と
しょぼーんな気持ちで帰宅
↓2時間程仮眠
23:00 生理痛のような強い痛みで目が覚める
10分間隔の痛み
↓そのまま寝れず、徐々に痛みは強くなる
15日
陣痛は7~9分間隔
お昼前には顔をしかめるくらいの痛さに

16:00 お母さんが内診してくれる(←元助産師)
子宮口はまだ全然閉じている
。 母『指2本分開けといてあげる』と
(←病院には内緒) 1,5cm開く。
その際、やっぱり破水かもしれないと、入院の支度をして病院へ。
17:00 入院
↓陣痛徐々に強く
1時間に1cmのペースで子宮口が開く
21:30 旦那到着。入れ替わりに次女帰宅。
22:00頃 7cm
23:00頃 8cm
24:00頃 9cm
16日…am1:00前、子宮口全開になるが、まだ陣痛室。
痛みを逃す間にも大きな余震が
でもそれどころじゃない
意識朦朧の中で看護師さんの声がうっすら聞こえる…『子宮口全開になったのですが、赤ちゃんの大泉門が見える…』
え

てことは、後頭部から産まれてこないといけないところ、顎をあげておでこの方から出ようとしているということ。。 それが聞こえて、『もうやだ

』と叫ぶ私…
それからどれくらいたったのか、やっと分娩室へ移動
クラシックが流れ、イラストが描かれたきれいな分娩室。パタパタと看護師さん達が数名忙しそうに働いている。
分娩台に乗ったものの、究極の痛みの波を逃しながら、さてどうするのか…何も始まらない
思わず母に『何待ち

』と聞く。 母『今準備してるのよ』
…早くしてぇ~
準備が整い、看護師さんが『次の陣痛が来たら、2回大きく深呼吸して、次大きく息を吸ったら息を止めて、状態を起こし、おへその方を見て、思いっきりいきんでください』
『え
何何
もう一回
』 長い指示が頭に入ってこない

なんとか5回くらいそれをやったのかな…
次は『ハッハッハッ』と息を吐く呼吸法。
これが私には難しかった
おしりの方を押してくる陣痛の波が、いきまず呼吸だけをするということを妨げる…
『いきみたい
』思わずいきんでしまう
『いきまないで
呼吸』 そんなことを何度か繰り返していたら、
つるりッ
出た

分娩室へ移動してから30分くらいだったと思う。
夜中1時38分産まれました
3010g 49,7cm の女の子
分娩時間9時間48分
私の感想『信じられない
』 産まれたら、感動の嵐なのかと思っていたら、自分から、自分の子供が産まれたことがまず、信じられない
洗われて、計測が終わった赤ちゃんが来る。
ちっちゃーい
ちゃんと人間だー
写真を撮ったり、おっぱいを吸わせたり
それからまた赤ちゃんは預けられ、1時間半くらい分娩台で横になったあと、さっきまでもがき苦しんでいた陣痛室へ。
お昼頃にならないと病室が空かないらしい。
『あれ?こんなに明るかったっけ?この部屋』
と思うほど、陣痛中は意識朦朧で暗く見えてたこの部屋。
つるりっ体験後、分娩室も電気がついたのかな?と思ったくらい目の前がパッと明るくなったのを思い出した。
分娩室から部屋へ運ばれる際、貧血を起こしやすいので十分気を付けて下さい。と。
『はい』と歩いて部屋に戻ったんだけど、
あとから他のママに聞いたら、歩いて部屋に戻るとか凄いらしいね
普通、ストレッチャーで寝かされて運ばれたり、車椅子らしいね
そのあとも、『お手洗いに行くときはナースコールで呼んで下さいね』と言われていたので、
ナースコールを押して看護師さんを待つ。
なかなか来ないから、歩いて先にトイレ行っちゃったけど、きっとそんな元気な産婦に驚いたんだろうな
体力だけはあるからね

そんな感じだった出産経験
私も人の親になりました
しかし、地獄は翌日から始まった…
出産した日は、母児別室なので
『私の赤ちゃん元気ですか~
』と言って覗きに行っては『かわい~
』だったんだけど 翌日、授乳指導のあと、部屋に帰ってきたベビと私。それから3時間は寝ててくれたんだけど、起きてギャン泣き、そこから大変だった
1週間経った今は、どうすればいいかわかるけど、その時の私はわからなかった。
急に言葉もわからない宇宙人みたいな超壊れ物を、急に預けられて、何をしても泣き止んでくれなくて、途方に暮れた1日目。
家族が面会に来てくれて、少し気が収まるものの、面会時間終了時間が近づいて、帰ろうとしている時、お義父さんからのメールに気付く。
ギャン泣き時に連絡くれてたんだ…気づかなかったよぉ~
今から来るって~
え~
私パニック
帰ろうとしていた家族を引き留め、守衛室に時間外面会をお願いし、お義父さんを迎える…凄く喜ぶお義父さん…
…つ、疲れた

一気に疲れた1日目
徐々に子育てに慣れ、無事退院
今も手探りながら子育てに励んでおります。
お水ないけど
どうにかやっております。
有那は、お腹にいた頃から変わらずいい子ちゃん、
今朝なんか5時間も寝てくれたよ

これからずーっと一緒です。


