半分すねた状態で部室に戻り、着替えを始めた部員達、制汗スプレーの香りが混ざって、今にも化学的な事件が起きそうな複雑な臭いを放っている。
そんななか俺は着替えずに部室にある椅子に座って足を組んでボーっとしている。
自分の今の顔が想像できるのが腹立たしくもあって、自分が周りの目に瞳写っているのかも簡単に想像できて、怖いようで、どうでもいいようで。


「速く着替えろよ~、古峰。」


2年生の先輩が俺に頭をポンッと叩いて笑顔を向けながらそう言って来た。


「・・・はい。」




着替え終わり、最後一人になった部室の鍵を閉めて、職員室へ持って行こうとして、ふと女子の部室のドアに目をやると、未紅が丁度出てきたとこだった。
俺達の部活は、男女共に部長が1年生でなんだか肩幅が狭く感じてもぞもぞとした感覚がいつまでもあった。
来年に早くなってほしいと毎日部活に来たら思うのは、中学の時と何も変わらない。
中学時代も俺は近隣の中学校に通っていて、ソフトテニス部で1年の時から部長で、先輩からの視線が毎日痛かったのを覚えている。
それに比べればこの部活は実力が優先される学校だから格好だけでも先輩達はマシに見えるが、内心どう思ってるかは分からないし、気になるけど、気にしてもしょうがないことだってこの世にはよくある。


「未紅・・・。」


俺は部室から歩いて校舎に行こうとする未紅を呼び止めて、横に並んだ。


「さっきはありがとうな。」


顔は見ずに言ったが、横でフッと鼻で笑うのが聴こえた。
俺が素直に何かを言った時は決まって冗談でしょと言わんばかりに鼻で笑うのが未紅だ。


「んだよ。」


それが聴こえると俺は決まってつっぱねた様に未紅の方を横目で睨む・・・ふりをする、あくまでふりだ。
一度本気で睨んだことがあって、その時の未紅のどこか悲しそうで、怒りと恐れが同時に来たような引きつった顔・・・俺はそれが忘れられない。
忘れたらいけないような気がするんだ。


「アンタを助けたわけじゃないよ~、私は他の皆の為に言ったの。」


「・・・わ、わかってるよ。でも俺も実質助かったんだし・・・あり」


「こういうときは、簡単に言うんだ?」


ありがとう、俺は素直にそう言おうとしただけだったが、未紅はそれを、そんな俺を突き放した。
わかっている、わかっているつもりだ。
何故未紅が突き放したか、確実にあの夜、あの6年前の・・・夏休み最後の夜のことだ。



その当時俺も未紅も小学校4年生で、この頃は家も近所なのもあってよく遊んでいた。
中学校になったら、馬鹿みたいな感情が邪魔してなかなか遊べなくなって悔しい思いをどこかに潜ませたのを覚えている。
いや・・・夏休み最後の日、思えばその日が俺と未紅が一緒に遊んだ最後の日だったのか。
二人で家から少し遠いところにある公園で遊ぼうという話になった。
もう4年生だしと言うことで、お袋からも、未紅のおばさんからも簡単に許可が降りた。
俺達二人は、仲良く遊具を使って遊んでいた。
遊具の端にある大きめの鉄製の滑り台を有意義に滑っていた。
回数もしっかり覚えている、そうあれは6回目未紅が、もう飽きたからやめようよと言ったから、最後の一回にしようと思って滑った。
その先に、ガラの悪い背の高い男女が丁度歩いていて、俺はその男の方の脚にぶつかった。


「いてっ、いってぇぇぇ、んだこのガキコラァ!」


男はそう言って俺の胸倉を掴んで文句をつけてきた、その手に付けられている指輪やアクセサリーが肌に当たって少し痛かった。
公園の木々がざわめき始めて、夕方の生暖かい風がそのときの俺に妙に悪寒を感じさせた。


「くっ苦しい・・・。」


小4の子供が大人に近い人の身長で胸倉を掴まれれば苦しいのは当たり前だが、その絞まった喉にさらにアクセサリーが追い討ちをかけて来た。


「やめて!やめて!」


未紅が必死に止めてくれている声がしっかり聴こえてくる。
その時だ。


「おいっ、君!何してるんだそんなちっちゃい子相手に。」


そういってスーツを着た男の人が地面を強く踏みしめながら近づいてい来るのが、目に見えなくとも分かった、それにこの声にはどこか安心感を覚えた。
聞き覚えのある、優しくて、穏やかで、静かに澄んだ声が、今日は少し強張っていた。
胸倉を離される感覚がわかった、段々と緩くなっていく。
助かった・・・。


「・・・つっ。」


大き目の舌打ちをして、男女が立ち去って行くのを霞む目で追った。


「大丈夫か吾希風くん。」


「・・・ん・・・。」


ちゃんと、うん、とも言えなかった、ただそのホッとした顔を見ていると涙がこみ上げて来て、気付いたら泣いていた。


「ありがとう・・・お父さあぁぁぁ」


俺の泣声につられてなのか、未紅も後を追うように泣き始めた。
ありがとう、それを言わないといけないのは俺だったけど、その時は気が動転していたのもあるし、素直になれなかったのもあって、その一言、今思えば簡単すぎる一言が言えなかった。
また会った時に言えばいい、今回のことは俺の中では簡単な問題でしかなかった。
もう、言えなくなるとは、夢にも思ってなかった。
いや、夢ならさぞよかっただろうと何度も後悔を繰り返した。


その日の夜。


未紅の家は謎の放火犯によって、全焼させられた。
父親、母親は未紅と未紅のお姉さんを逃がすのに必死で、煙にやられて意識を失い、家共々・・・。
助け出された未紅とお姉さんは病院に運ばれて一命を取り止めた。
未紅の腕にはそのときの火傷の痕が今でも残っている。
俺は悔いた。
犯人の目星は大体ついている、それも俺の中だけだろうが、あれ以来俺はあの二人を恨んでいる。
本当かどうかも分からない、偽りの怒りにたまに心をざわめかされる。




「な、なんで本気にしてるのよ・・・」


未紅の声でハッとした。
本気に、確かにしてしまったのだろう、それだけあの頃の事を悔いているんだ。


「・・・お前は、何回も俺に言ってくれたよな。あんたが一人前に責任感じてんじゃない。あんたも被害者の一人なんだ、あんたに元気が無かったら私も泣きそうになるじゃない、って。」


横で小さく頷くのがちらっと見えて、少し胸を撫で下ろした。
気にしてなかったからじゃない、今では冗談として使えるくらいになってくれたことにだ。
俺は知っている、あれ以来未紅が人前で全く泣かなくなったのも、家では毎晩泣いていたのも、あれから1日も欠かさず、両親のお墓に参っていることも。


キーンッコーンッ・・・


チャイムが鳴り始めた。
俺と未紅はお互い顔を見合わせて、二人とも焦った顔をしていたことに半笑いになりながら、何も言わずに走り出していた。
下駄箱へは同着、ここから職員室に行って教室に入っていたらチャイムが鳴り終わってしまうのは二人とも分かっていた。


「職員室は後回しね」


「だな」


靴を素早く履き替え、先に走り出したのは俺だった。
未紅とは同じクラス、どっちが先に入るかこれはたまにするレースのようなもんだ。
足は俺の方が速い、スタートも俺の方が早い、勝利は目に見えている。
俺は教室に入る前に、後から追いかけてくる未紅を降り返った。


「未紅・・・」


息を切らしながら、なんで入らないのと言いたげな顔をしている未紅を見ながら続けた。


「俺、お前にもう悲しい思いはさせないから。」


といい終わった途端、扉が開くのが、未紅が開けているのが目に入った。


えーーーーー!


正直仰天だった。
緊張を押し切って必死に出した、長い年月かけて必死に導いた答えなのに・・・


「ちょ、聞けよ。」


「はい、私の勝ちー。今日ジュース奢りね。」


俺に向けてピースして、自分の席まで歩いていく。
分かっている、ジュースを奢らないといけないってことは、一緒に帰ろうってことだ、中学校の時から何一つ手口は変わってない。


「今、ありがとうって言えないのはお前じゃねぇか・・・。」


軽く笑って俺も席に着く。




ガララララララララララ・・・


古くなった木の扉と、鉄製のサンが擦れる音が教室内に響いた。
先生が入ってくる。
俺と未紅が席についてもう10分経っている、汗も引き、息も落ち着いて半分居眠り体制に入っていた。
それにしても何で今日はこんなに遅いのだろうか、そういえば部活の中止命令は何のために・・・まさか何かあったのか。
勝手に色々詮索しながら、筆箱から零れ出ているシャーペンを持ってカチカチと芯を出しては戻し、出しては戻しを繰り返しつつ、先生の話を聞いた。


「えー、知っているものもいるだろうが、最近この辺で学生や会社員の人たちが刃物のようなもので切られるという事件が何件も起こっている。その誰もが、化け物と口にしているらしい。幸い死人は出ていないが、ついにうちの学校の生徒にも被害が出た。今日は放課後の部活を中止し、せめて二人以上で帰るように。」


俺は何か、奥底でうずくものを感じた。
不可解、そして未知数な事件だ。