ギリリリリリリリリリリ・・・



爽やかな朝には五月蝿過ぎるほど雑な音を出す目覚まし時計。
俺は昨日夜遅くまで遊びまわっていて、正直今日は学校を休みたい。
だけど、部活に行かないと部長としての役割を果たせない・・・



バンッ!!



強く目覚ましを叩き、仕方なく起きはじめる。
半分目は開いていない状態で、階段を降りていくと、コーヒーの香りがリビングから踊るように舞い出てきて、鼻の中に自由に出入りをする。
コーヒーはいつも親父が飲むためだけにポコポコと音を立てながら作られて、ただ一人の為にいつも少しだけ残されて、可哀想なものだ。
そんなことを自分勝手に思いながら席に着く。
食卓には、焼き過ぎたのが丸分かりの食パン1枚と目玉焼きとベーコンだ。
御袋は正直そんなに料理が上手いとは言えない、と言うより、妥当と言うほうが本当だろうか。
だが目玉焼きだけは何故かココっと言うタイミングを知っているような完璧な白身と黄身の焼き具合で食卓に現れる。



「お袋なんか飲み物・・・」



あくび混じりで台所に立っているお袋の背中にそう言った。
お袋は何も言わず、冷蔵庫のドアをすぐに開けすぐに閉めて俺の目の前に飲み物を置いた。
うちの家では只今節約ブーム到来中なので、冷蔵庫の上にココ最近まで置いてあったホットプレートなどは全て倉庫へ納められた。
家の中で今電気が点いているのもリビングだけだろう・・・いやそれは朝なら普通か。
ふと机の上を見た。



「ちょ・・・パンにお茶ってどうよ?」



無意識の内にそう口にした。
言葉が零れた後、内心ドキッとした。



「文句があるなら自分で動きなさい。それにあんたさっきなんか飲み物って言ったでしょ。ホントにあんたはいつもいつも人を動かすくせに文句ばっかたれて、少しはお父さんを見習いなさい。何一つ文句言わないでしょう。」



いや、それは何も考えてないんじゃ・・・
そう思ったがこれ以上怒らせたら後が大変だ、と言うより面倒くさい。
あとココで何も言わない理由にはもう一つある。



「はいっ、もうホントに自分で動きなさい。」



目の前には牛乳が置かれている。
そう俺はコレを待っていた。
あそこで文句をもう一度言うと、コレが無くなるのがもう一つの理由だ。
なんだかんだ言う割にはちゃんと動いてくれるのが母親の優しさなのか、それはよく分からないが、とりあえず結果オーライだ。


それにしてもお袋も意地が悪い、俺が何を求めてるか16年連れ添ってればわかるもんだろうが、ワザとそうしない・・・それで息子の成長を確認しているのか。
目玉焼きをパンの上へ乗せ、バランスよく口へ運んでいきながら、黄身に到達したら中から出てくる黄身をベーコンの上へ垂らし、最後になると残りそうなパンの角の方にも上手く流した。
全て食べ終わると、注いでおいた牛乳を一気に飲み干しもう一度自分の部屋へ駆け上がる。
部屋に入るとまずベッドが目に入ってきて、俺の眠気をここでもう一度誘う・・・が、俺はココでは確実に負けずに制服に手を伸ばす。
そしてもう夏だから半そでのワイシャツを着てズボンを履き着替えを終えると最後に一度ベッドに座る。
何故だろうか、俺はココでベッドに腰掛けなければいいものを、いつも腰掛けて眠気に襲われ二度寝をしてしまう。
特に今日は月曜日。
7月14日の月曜日だ。
昨日は日曜日だったから朝は、いや昼になる直前まで寝て、それから遊びに出て帰ってきたのは10時過ぎで、そこから風呂に入ったりと色々していたら、いつの間にか1時になっていた。
で、今日起きた時刻は6時30分。
睡眠時間は単純計算して5時間30分と言うことになる。
俺には耐えられないほど短い睡眠時間だ。



「こらっ、吾希風っ!起きなさい。なんでアンタは毎日毎日着替えに上がったら寝るの。」



そんなお袋の怒号にいつも救われる。
大体この声が飛んでくるのは7時10分だから、今から出れば学校には30分くらいに着く。
俺が所属しているのはテニス部で、いつも朝練があるが、40分からだから間に合う。
すぐに家を出た。


登校中には5つ横断歩道があって、その3つがとても長い。
だけど、この時間に出ると3つともスムーズに通れる、俺がココ何ヶ月かで発見した研究結果だ。
駆桜高校・・・それが俺が通っている高校で、この学校の1年生だ。
俺は5月が誕生日だからもう16歳になっている。
20分かけて徒歩で登校して、いつも30分丁度に校門をくぐっている。
そして、この時間に学校に着いたらほぼ確実に、部室につくまでに後ろから元気な声が飛んでくる。
・・・ん?・・・なんだ今日は何も聴こえてこない。



「んだよ・・・今日休みなのか?」



そんなことを思っていると、部室の方、俺の真正面から男子の暑苦しい声が聴こえてきた。



「ぉーい。古峰~。早く来い部活始まるぞ。」



は!?・・・部活始まるってまだ30分でしょ~先輩~
そう思いながら、学校の校舎にぶら下がってる一団とデカイ時計に目をやる。
・・・へっ?38分?
辻褄が合った。
後ろからの声がない筈だった、俺が遅刻してりゃあ聴こえてくるはずは無い。



「あんのババァー・・・少し遅れて起こしやがったな・・・。」



今日俺の研究に一つ加えられた。
約8分遅刻しても、信号には全くかからずに登校できる。
初めの頃は馬鹿みたいに早起きして、早めに登校をしてたけど、実際今の方がスムーズで効率がいい。



「お母さんに頼ってるから遅刻すんのよ、馬鹿。」



後ろから元気のいい上に、皮肉が入った声が、今日は前から浴びせられた。



「つっ、うるせ。」



少し不機嫌になり、今家で含み笑いをしていそうなお袋の顔を思い浮かべると腹が立ってきた。
まぁ、翌々考えると流石にそこまでいやらしい母じゃない。
だが腹立たしさは増していく一方だ・・・コレは部活で発散するしかない。



「あっおはよう、古峰君。」



後ろから弱々しい挨拶が、俺の耳にヒョロヒョロと届いた。
振り返ると、俺は目線を下にずらさないと目が合わないくらいの背の高さの可愛らしい女の子が立っていた。
手には朝練で皆が飲むだろう、スポーツ飲料水が入った入れ物を抱えている。



「おぉ、速水。君付けはしなくていいって言ったろ。重そうだな。」



マネージャーの速水 美月(はやみ みづき)、なんでも一生懸命で器用にこなす、少し弱々しいところがあるけど、中身は外交的で元気がある子だ。
まぁ重そうだなと言っても持ってあげる余裕は今は無い。



「おっ、着替えないと。」



そういって俺は汗臭さが残るコンクリート造りの部室へ入った。



ガサガサッ・・・。



鞄の中をあさり、練習着を取り出して着替え始める。
いつも不思議に思うが、着替える時は俺は至って冷静で、無心で着替えている・・・。
不思議だな・・・。
そんなことを思っている時点で無心ではないのに俺は気付かない。



「あっ、ちーすっ。」



「おはようございまーす。」



俺以外の男子部員と、女子部員の挨拶の声が聴こえてきた。
それが聴こえてきた瞬間焦りが出てきて、上手く着替えられない。
や、やべっ・・・コーチ来ちまったぁ、なんでこんな日に限って早いんだよクソッ。
何とか着替えて外に飛び出す。
気付かないふりをして、コートの方へ走っていこうとしたが、無駄だった。



「おいっ!古峰~、珍しいなぁ~お前が遅刻なんてなぁ。」



「えっ、あっはい。いや~久しぶりですよ遅刻っねっ先生、久しぶり久しぶり・・・ハハッ。」



そういってる間に、コーチの顔がもう目の前に・・・近すぎるぐらいの距離まで近づいてきていた。



「な・に・が・久しぶりだぁーーー!おまっ・・・」



「先生!!」



説教スタートの証の「お前」という言葉を言わせる前に、女子の部長、さっき俺に嫌みを言ってきた片桐・・・
片桐 未紅(かたぎり みく)の声が説教を遮った。
流石のコーチも一瞬ビビリにビビッていた。



「な、なんだよ片桐・・・」



「そんな馬鹿の説教はいいんで、部活始めましょうよ、ねっ」



コーチはため息をつきながら、頭をかきつつコートの方へ歩いていった。
あのまま行っていれば、お前は月曜は毎週遅刻してるじゃないかーーー、ってなり、そこからコーチの昔話が始まっただろう。
それにしても、未紅にはコーチも頭が上がらないらしい。
言ってることは間違っていないし、他の先生からの評判はいい上に、成績優秀、スポーツは女子にしてはいい・・・認めざるを得ない。
だがあいつも昔は色々辛いこともあったんだけど・・・
そんなことを思いながら、部活に入る。



ポォォォォォォン・・・



「おらぁっ」



ポォォォォン!!



部活が始まって大体20分くらい経った。
朝練は、ほぼ毎日ストロークだけをして後は整理運動で終るのが流れだ。
ちゃんとした練習はいつも午後練に回している。
だがストロークだけじゃ打ち足りない俺は、いつもエンジンがかかって強打を繰り返すのがこれまた流れだ。



「うおぁ」



「よっしゃぁ貰った」



ズパァン!



そして、練習相手がミスして甘い球を浮かしたときにスマッシュでフィニッシュ。
いつも練習を相手してくれるのは副部長の氷室 つばさ(ひむろ つばさ)、俺がエンジンかかると自然とこいつもエンジンがかかってくる。



「おぃ・・・吾希風お前強打かよっ」



「取れなかったな、おい・・・ハハッ」



こう言ったらつばさはいつも完全にスイッチが入る。
同じだ、いつも同じ。
エンジンがかかるとつばさは第一打目から絶対に本気で打ってくる。



ズパァァァ!



「そうこなくっちゃなぁおい」



地面についたボールは失速せずに俺につっこんでくるが、俺にはそんなつばさの打球も目に見えてる。
きたっ、ここだっ!
段々とテンションも上がり調子になってくる、そうするともう周りの声も耳に入らない。



「オォォォォォォォ!!」



ズドパァァァァン!



よしっ、今のはいい当たりだ、今日はいい日になりそう・・・だ・・・?
ネットを越えようとしているボールを遮るように誰かのラケットが間を割って入った。



トンッ・・・。



ラケットを持ってる手を見て、すぐに顔を確認した。



「お、おい、未紅なにすんだ・・・。」



「放送。」



呆れた目で俺を見ながら、未紅は校舎のほうを指差した。
放送が流れてきている、それに今やっと気付いた。
つばさを見ると、気付いてもう既に聞き入っている状態だったようで、あのままボールがまともに行っていると当たっていたんじゃないかと思った。



(朝練をしている部活は至急中止して、教室へ戻り待機してください。)



へっ?



「ってことだ、皆片付け~」



えぇぇぇぇぇぇぇ!
声には出さなかったが、テンションが上がっていた俺にとって、今朝練をやめるのは正直辛い。
放送を聴いていなかったから状況も把握できずに、モヤッとしたものが残った。