「年金をあてにしない老後を考える」
私が東京に出てきた頃住んでいた家の
お向いに建て坪が、
15坪ほど延床25坪位だろうか
小振りの真新しい家が建っていた。
朝日がさんさんと降り注いでいたので、
東側が道路に面していた。
土地の広さは、50坪を切る位だろうか、
4Mほどの簡易舗装の道路に面した玄関から、
初老の男性と1歳位の女の子を抱いた
背がすらっとした美しい女性がでてきた。
女性は子供の手を振り男性のお出かけに
挨拶をしていた。
歳は恐ろしく離れているがどう見ても
あれは夫婦のやる仕草である。
男性は格好からして私の父よりも、
15歳以上上なのはあきらである。
女性は私より8歳位上で26~7位に見えた。
今では死語になったが、あれはお妾である。
送り迎えの車はなかったが、
どこぞの会社の役員か社長なのであろう.
倫理やモラルから否定するのではない、
たとえその資力があっても、
自由を束縛される事があってはならない、
私はこれを私の老後のモデルとして
無いと思ってみていた。
リタイアした者にとって、デフレは
国からの最高の贈り物と先日書いたが、
しかしこのまま円高デフレが続き
国がどんどん衰退して行くのを
見せ付けられると、
このままじゃいかん!
と中高年になる私も思う訳ですよ。
やっぱり全ての生き物は生存競争して、
生きて行かなきゃならないわけですね。
国はその競争する環境を整え
なければならないわけです。
安倍さんのおかげで
これまでの超円高が是正できて
国際競争ができるようになってわけで
年寄りもこれまでの様に、
デフレに安住していては、
いけないわけですね。
私は数千円の厚生年金と
2年後には4万何がしかの国民年金が貰え、
そのまた2年後から妻が年金を貰える。
2人の年金を合わせて、
4年後には10万円位になるだろうか、
月10万で生活が出来れば良いのだが、
どうしても月20万は掛かる。
国は国民年金の場合、
足りない分は自分達でなんとかしなさい
と云う考え方である。
それは最初からわかっていたので、
年金をあてにしない老後を考えてきた。


