さっきのブログの続きで、傷ついた言葉





“忘れなさい”

“そんなん(骨壷)いつまでも持っとるから、次の子ができひんねや”

“そんなんほかしてきなさい”

“あんたができひんなら、山に埋めてきたろか”

“もともと寿命のない子やった”

“(火葬後)骨はそのまま、ほかしてもらえ”





もっともっとあるけど、、




ほとんどが私の祖母から。そして全部私の方の家族の言葉。





近い存在だから、里帰り中だったから、見るに耐えない状態だったから“忘れなさい”って言ったのかな。

でも、自分の子どもを忘れることができる母親なんているの?

ねえ、もし忘れることができるっていうなら、私のことも忘れてよ。

もう今日から知らない人。だって、忘れられるんでしょ?

私がもしお腹の中で亡くなってしまってたら、なかったことにされたんだろうな。






それで絶縁状態になった。





父は火葬後、お骨をひろうことさえ反対していて、母もそれに賛同していた。

唯一、そのときもお義父さんが背中を押してくれた。

“後悔のないようにだけな”

これだけだった。そりゃ、反対している嫁の父の前でそれ以上言えないだろうけど、どんな言葉よりも勇気をもらい、私はちゃんと連れて帰ってあげることができた。



数ヵ月後、お義父さんから

“親なら、あのとき連れて帰ると俺は思っていた。子どもをそこに残して帰るなんて出来んわな。”

って言われて、お義父さんの夫に対する深い愛情を知り、私たちの行動が肯定されて本当に嬉しかった。



でも、骨壷を家に置いておくのをよしとしないうちの家族からは、“ほかしてこい”って何度も何度も言われた。




極めつけに、死産後1ヶ月ほどの私に

“そんなん持っとるから、次の子ができひんねや”

って。





“この子と離れるくらいなら、次の子なんかいらんわ”

って、泣き叫んだ。心が崩壊寸前だった。