やまない雨はないって言われても

私だけ、もう二度とお日様を見られないんじゃないかと思えてしまう日もある。


明けない夜はないって言われても

私だけ、もうずっとこの夜に置き去りにされたんじゃないかと思えてしまう夜もある。

私は、あった。いっぱい、あった。




だけど

そっと横で傘をさしてくれたり

懐中電灯を持って横にいてくれるような存在が

確かに近くにいてくれると感じることができれば


もしかしたらまた晴れるかもしれないって

もしかしたら明日がまた来るかもしれないって

思えるようになるような気がしています。




目の前の人の話を聞いたからといって

目の前の子どものしんどさを感じたからといって

雨を止めることはできないし、太陽を引っ張ってくることもできない。


そして

やんだと思った雨はまた何度でも降るし

明けたと思った夜もまた何度でもやって来る。




それでも、いつかきっと

自分で傘をさして雨に濡れずにすむこともできるようになるし

自分で懐中電灯を用意しておくことだってできるようになる。


それまでのほんの小さなサポートとして

傘や懐中電灯のような役割ができたら嬉しいなって思うけど

時々、どうやったら雨を止められるかとか 

どうやったら太陽を引っ張ってこられるかとか

思えてしまうことも全然ある。

もちろん、そんな傲慢なことはそもそもできない。


だけど

お互いの肩を少しすつ濡らしながら雨の中に佇むしかできなくても

懐中電灯の灯りの心許なさに一緒に不安になりながらも

そうやって過ごす時間の積み重ねが

私たちをいつかどこかに連れて行ってくれるといいなと願いながら

私は親の会をしたり、子育てをしたりしています。




たくさんの成功例や正解のように見えるものが世の中には溢れているけれど

その後ろには、それ以上にたくさんのしんどさやうまくいかなかったことがあるということが

そんなことはないものとして扱われてしまうようなことがないといいのになと、いつも思っています。


晴れの日ばかりじゃないし、ずっと昼でもない。

ただそれだけのことなのに

ずっと晴れていなきゃいけないとか、ずっと明るい方がいいとか思わされるのは

私はしんどいなぁと思うから。