戦後かぁ | cotton factory〜好きなものに囲まれて〜

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チクチクするのが大好きで
いろいろな布小物を作っています。

そんな愛すべき作品のことや
愛すべき人たち、好きな物のことを
書き綴ったブログです♪

今日、でこぽんさんのブログを見て


ずっと考えちゃった



今の日本、平和…だよね?


戦争がないのを平和というなら。。



でも、この状態が永遠に続くとは限らない…



ずっと平和な世の中でありますように






そして、いつものように


さださんの歌を思い出した。。





「前夜(桃花鳥ニッポニア・ニッポン)」
そして
「空缶と白鷺」



どちらもさださんがまだ若い頃の作品で



「前夜」のニッポニア・ニッポンとは朱鷺のことなの



その朱鷺は日本で発見されたから学名(だったかな?)をニッポニア・ニッポンと言うんだって。


当時、日本生まれの朱鷺が絶滅の危機にあってね


佐渡の朱鷺保護センターに七羽しかいなくなった、って報道があったの


このままでは1羽もいなくなってしまうって。


そのころ作った歌なのね。



前夜~♪

桃花鳥(とき)が七羽に減ってしまったと
新聞の片隅に

写りの良くない写真を添えた記事がある


ニッポニア・ニッポンと言う名の美しい鳥が
たぶん

僕等の生きてるうちに姿を消してゆく


わかってる   そんな事は   たぶん
小さな出来事   それより


君にはむしろ明日の僕達の献立の事が気がかり


I'm  all  right    I'm  all  right


それに僕は君を愛してる
それさえ間違わなければ



今 若者はみんなAMERICA
それも西海岸に

憧れていると雑誌のグラビアが笑う


そういえば友達はみんな
AMERICA人になってゆく


いつかこの国はなくなるんじゃないかと問えば
君は笑う


馬鹿だね   そんな風に  自然に
変わってく姿こそ  それこそ


この国なのよ
さもなきゃ初めからニッポンなんて
なかったのよ


I'm  all  right    I'm  all  right


そうだね いやなことすべて切り捨てて
こんなに便利になったし



どこかの国で戦が起きたとTVのNEWSが言う

子供が実写フィルムを見て完成をあげてる

皆他人事みたいな顔で人が死ぬ場面を見てる

怖いねと振り返れば番組はもう笑いに変わってた


わかってる  そんな事は  たぶん
小さな出来事  それより


僕等はむしろこの狭い部屋の
平和で手一杯だもの


I'm  all  right    I'm  all  right


そうともそれだけで十分に
僕等は忙しすぎる



桃花鳥が七羽に減ってしまったと
新聞の片隅に…







空缶と白鷺~♪

白鷺が一羽   一輪の白菊のように
汚れた河のほとりで  空缶に埋もれ
静かに  水をみつめてる


かくれんぼを知らない子供が増えたって
誰かが話してた

ひとり暮らしの老人が増えたって
誰かがつぶやいた

僕がこんな風にお前を抱きしめている時に
何処かで誰かが  お腹を空かせて死んでゆく


ああ  いつだって
彼等を追い詰めているのは僕だった

そう  そのくせに
手を差し伸べるふりをするのも僕だった

それが時代の正体だと嘘を承知で
笑える程に  大人を演じ


ふと気がつけば  
僕は卑怯な顔になった



世論調査では国民の九割が
中位満足してるって


何かとひきかえにこの国も
一流の服だけ手に入れた


僕がこんな風にお前を抱きしめている時に
何処かで誰かがピストルに射たれて死んでゆく


ああ  いつだって
失いたくないものたちが多すぎて

そう  そのくせに
失くしたあとで気付くものばかり


それがしあわせの証だと嘘を承知で
悲しみながら  迷いながら  それでも
精一杯に  誰もが  現在(いま)を生きている



2016年の夏に子供が
今の僕の歳になる

その時代は彼に自由に唄を
唄わせてくれるだろうか

卑怯な顔になって生きることに
彼が迷う頃に


僕は何かの  答えを出せるだろうか







この、空缶と白鷺は初め
Day  After(翌日)だったそうです


最初の「前夜」に対しての「翌日」…


2016年…もうすぐやって来ますね

唄う自由。。この先もずっとありますように。




さださんのコンサートに行くと

いろんなお話の中に

たまに戦争や平和についてのことを話されます



歌にもそんな思いの詰まった歌がたくさんあるの



長くなっちゃったけどもうひとつ



あと1マイル~♪

あなたが銃弾に倒れたのは
味方まで1マイルの場所だった

私が贈った腕時計の
日付がその日で停まっていた


あなたの手紙が届いたのは
その日から一週間あとだった

右下がりの懐かしい文字は
こんな風に綴られていた



「誰があなたに射てと命じたのか
そんな風にお前を育てていない」

母の声がいつも耳に残って
僕はいい兵士になれそうもない



あなたの手紙を読み終えたのは
戦が終った翌朝だった

最后の頁に520の
私の名前が記されていた



あなたは一体誰のために
私まで捨てて戦ったのか

よその国では若者たちが
そしらぬ顔で遊んでるのに


「誰があなたに射てと命じたのか
そんな風にお前を育てていない」

母の声がいつも耳に残って
僕はいい兵士になれそうもない



あなたの手紙を何度も読み返した
あなたの声は聞こえなかった


最后の頁に520の
あなたの愛が刻まれていた


あなたが銃弾に倒れたのは
味方から1マイルの場所だった





この歌に付いている文章でさださんは

生命はたったひとつ
何十億人が「生きて」いようと
「私」にとってはたったひとつ

そのひとつを大切にするなら
数十億の「ひとつ」ずつが等しい重さであることに気付く

戦争はあってはならない


と言うようなことを書いています
(本文そのままではありません)


私もそう思います




なんだかとっても長い文章になったあげくに


自分自身の言葉でなくて、なんだかな~ですけど



私の軽い脳みそで考えた文章では
伝わらないからね


というより


みんなに読んで欲しかったのです




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この子たちがいつまでも幸せでありますように



長い長い文章を最後まで読んでくださった皆様、お疲れ様でした!


そして、ありがとう