2026年1月11日
石畳のスケート靴を見つけた後、瑞宝殿へ向かいます。
瑞鳳殿は、寛永13年(1636)、70歳で生涯を閉じた仙台藩祖伊達政宗公の遺命により、その翌年に造営された霊屋です。
瑞鳳殿は、涅槃門、御供所、拝殿、本殿となっていて、桃山文化の遺風を伝える豪華絢爛な廟建築でしたが、昭和20年(1945)の戦災で焼失してしまいした。
門松が建てられているのが、一番手前にある涅槃門です。
涅槃門は、一般に煩悩を消し去った悟りの境地(涅槃)を象徴する門だそうです。
瑞鳳殿の正面門となっていて、この世とあの世(霊屋)の境界とされており、
死後の安らぎと高い精神的境地を表す場所なのだそうです。
涅槃門には皇室の御紋である菊の紋章が付いています。
菊の御紋は伊達政宗が豊臣秀吉から拝領したもので、伊達家が定紋の「竹に雀」以外にも、由緒ある家紋として使用されたそうです。
それでは、門をくぐって、極彩色の瑞鳳殿へ向かいましょう。
現在の瑞鳳殿の建物は、昭和54年(1979)に焼失前の瑞鳳殿を史実にもとずき再建されたものです。
さらに、平成13年(2001)の仙台開府四百年を記念した大改修工事により創建当時の煌びやかな姿が甦りました。
香炉がありますね。
線香を1本たいて、浄化、香食、供養を致します。
瑞鳳殿の歴史
仙台藩初代藩主の伊達政宗は、生前ホトトギスの初音を聞き遺骸を経ヶ峯に葬るよう遺言して、寛永13年(1636)に没します。
政宗の後を継いだ第2代藩主の忠宗は政宗の遺言に従い、寛永14年(1637)10月、政宗の御霊屋を経ヶ峯の東部に建立して「瑞鳳殿」と命名します。
瑞鳳殿は、本殿、拝殿、唐門、御供所、涅槃門からなり、桃山文化の華麗な建築を誇りました。
また、瑞鳳殿は仙台城本丸に向けて、西向きで造られたのです。
瑞鳳殿の建築には、総奉行として奥山大学常吉、大工として米野内蔵助近吉、山内四郎兵衛貞次、装飾担当として絵師の狩野定良、中村清六常長らが関わったそうです。
時を同じくして、瑞鳳殿の隣接地に政宗の菩提寺として「瑞鳳寺」が創建され、仙台藩領内の平泉の毛越寺より遷された釈迦三尊像が本尊となったのです。
瑞鳳殿の両脇には、殉死した家臣・陪臣の宝篋印塔が並んでいます。
いつまでも見ていても飽きない、素晴らしき瑞鳳殿でした。
あちらに満海上人供養碑があるようですね。行ってみましょう。
満海上人は、中世末期に活躍した、神通力を持つと崇められた隻眼の高徳の修験者です。
伊達政宗の誕生に関わる伝説を持ち、政宗は満海上人の生まれ変わりと信じられています。
徳の高い生き仏として尊崇され、万部もの経典を塚に納めるなど、熱心な修行を行いました。
政宗の出生時、母が夢の中で満海上人から「男の子を授ける」とお告げを受けたというエピソードがあるようです。
つづく






















