原風景を受け継ぎ、伝える。という、しごと。 | Seed of ...

Seed of ...

毎日のなかにあるしあわせのたね。きぼうのたね。えがおのたね。すべては、みらいをつくるもの。


「なつかしい」という感情って、
日常のなかで感じたことに対して
わき起こるものではないかと思うのです。

旅先やイベントごとなどで、1度や2度、
見たり体験したりした程度のものだと、
「知っている」「見たことがある」という気持ちにはなっても、
「なつかしい」という感情は生まれないのではないかと。



先日、原稿仕事をしているときにふと、
そんなことを考えました。



いろんな土地へ足を運んだ際に目に飛び込んでくる風景が
とてつもなく、なつかしい!と思うことがたくさんあります。

自分が住んでいた場所ではないけど、
幼少期にふれたことのある風景と似たものを見ると、
なんだかふしぎとあったかい気持ちになるのです。



だけど、これ。
たとえばわが家の子どもたちだとどうだろう?


イベントごとや、旅先などで
さまざまな、「古き良きいいもの」にも触れてもらおうとしているけれど、
これから先、10年20年経ったとき、
同じような風景にであったとして。

思い出として認知はしても、
なつかしいとは思わないんじゃないか?って。

このまま、時々行くとか、通り過ぎているくらいの風景だと、
目新しい風景のまま終わってしまうんじゃないかと。

そんなことを思いました。


だからかどうかわからないけど、
最近、むしょうに干し柿のある風景ってのが
わが家に欲しくてたまらなくなっていて。


今日、陰陽ヨガの帰りに八百屋で渋柿を見つけて、
発作的にやってしまいました。



いいな。

いいないいな。
窓の外に、オレンジ色の影。


ムダにカーテンとかあけちゃいたくなる(笑)



私の中にある、原風景を。
あってうれしい原風景を。

娘や息子たちの胸の奥にもちょっとずつ、
つないでのこしていってあげたいな。

そんな気持ちがしています。


原風景を受け継ぐ。伝え継ぐ。

楽しみながら、暮らしの中で少しずつ
意識してやってみようと思います。


じいちゃんがうれしそうに作っては食べていた、
練り柿もちょっとだけ。

じいちゃん,この作り方でよかったっけ?