福井に行った日の続き。


東尋坊から1時間ちょっとくらい?(爆睡したので気が付いたら到着・・・)


ずっとずっとずっと 行きたかった 永平寺!!!!!


小学生の頃、家族旅行で福井・石川を訪れた時にも東尋坊、永平寺は来てるんだけど、ほとんど記憶になく。。。


永平寺は、曹洞宗の大本山。


もともと禅宗LOVEな私、もうスキップしたくなるくらい わっくわくでした♪


日本の禅宗は、臨済宗・黄檗宗・曹洞宗があります。


臨済宗の事を「看話禅」 曹洞宗の事を「黙照禅」 と呼ぶように、同じ禅宗でも 悟りを開くプロセスは全然 違います。

道元と言えば 「只管打坐」 つまり曹洞宗は ひたすら 座ります。

臨済宗は「公案」 いわゆる禅問答です。 これもまた、超面白い!!! 


禅といえば「座禅」を思い浮かばる人が多いと思いますが、座り方もそして歩き方まで宗派によって違います。





禅宗では生活すべてが修行です。毎日、決まった時間に決まった行動を決められた作法で行います。


永平寺では、今も実際に雲水たちは修行をしています。その雲水たちの生活を見れると言うところが最大の見所です。なので、派手なブツはありません。


変わったブツはいました。


永平寺では、まず 雲水の方が丁寧に説明をしてくれます。そのかたは、それが修行なので、精一杯命をかけて説明してくれます。一生懸命すぎて噛みまくりなところも御愛嬌。


まず一番初めに傘松閣の天井絵を見ました。




そして、いよいよ七堂伽藍を参拝します。



階段が楽しくて仕方がないコトコは ゆうくんに任せて わたしはゆっくりじっくり回りました。


僧堂(修行僧の根本道場で、坐禅・食事・就寝などをするところ)は残念ながら閉じられていましたが、穴から覗き込んで修行僧の生活を垣間見ました。


↓盗撮写真


暗くてよく見えなかったけど、多分、あれが「単」だよね!と1人で大興奮の覗き魔(笑)



↓仏殿から見た僧堂  ちなみに印のところが覗き穴。



至る所にある 花頭窓↓  禅寺特有の建築です。

新居の和室に付けてもらおうかとギリギリまで考えましたが、震災を考慮し耐震構造を優先して断念しました。


 


仏殿↓  本尊は釈迦牟尼仏。


頭を横にして見てね。↓ 承陽殿  開祖道元の後真廟(お墓)






コトコ達と合流し、再び仏殿。ここからの眺めが最高でした。





中雀門 越~し~の 山門っっっ!!!


大庫院(いわゆる台所)

前述のとおり、禅宗では生活そのものが修行食事は大事な修行の一環です。

禅宗では、知事という主事職があり、食事係は典座といいます。お勝手係なんて低い役職じゃないの?と思われがちですが、「食」を大事に考える禅宗の中では高い地位です。


ちなみに、なんで 私がこんなに禅宗に詳しくなったか、キッカケは京極さんの「鉄鼠の檻」で-す。好きすぎて
回くらい読んでます。ブ厚すぎて読んでるとすぐにボロボロになるので、京極シリーズは各3冊ずつ所有してます(笑)

↓また首をかしげてご覧ください。大すりこぎとコトコ。名物だそうです。


典座寮と呼ばれる台所につながるだろう、まさかのエレベーター!!
またまた覗き見で発見しちゃいました。


中雀門より山門。 一生懸命に作務に打ち込む修行僧の姿も見えます。



修行僧が永平寺に来てまず この山門前で決意の確認をします。

この神聖なる山門をくぐることが許されるのは、入山時と、下山するときのみ。もちろん、一般の参拝客がこの門をくぐり境内に入ることは出来ません。ただ、通れないだけで、門を見るのは自由に出来ます。

山門の両側には四天王。
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上がれなかったけど、2階には五百羅漢がいるそうです。



浴室↓
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お風呂に入り方にも細かく作法があるそうです。

三黙といって、坐禅・食事・入浴中は、沈黙を守り 一切 声を出してはいけないそうです。
コトコのように、お風呂に入ると「ふぁぁぁ~」などと声が漏れてしまうなんて言語道断です。
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最後に、御朱印を賜り、終了。

あ-----面白かった!

雲水の修行を24時間、見てみたい!!! けど、早起きは無理~。。。


永平寺を後にし、武将好きのゆうくんの希望で一乗谷へ。






この一乗谷、曹洞宗にもゆかりのある土地です。

臨済宗の祖・栄西と同じ時期に興禅をしていた大日房能忍は、幻の禅宗、日本達磨宗を興すも弾圧され殺されます。その能忍の弟子が奈良の多武峰より一乗谷に逃げ、のちに曹洞宗に改宗します。