心都さんがこの世に出て来て半年が経ちましたハート達(複数ハート)

最近めっきりヒトじみて来ました。

<感情や表情が豊かになった。>

<自分が「コトコ」だと気付いた。もしくは「カワイイ」「スゴイ」が自分の名前だと思っているふしあり。>

<「ダメ」「待って」を理解し始めた。>

<口応えするようになった。>
今日の親子喧嘩「ティッシュは食べ物か?」
母「ティッシュは食べちゃダメなんだってば!!」
コト「なんで、あかんの??むしろ、なんで母は食べないの??」

<ズリズリがハイハイっぽくなってきた>

<自分で座れるようになった。お座りの状態で両手で遊んでいられる>

<つかまり立ちがマイブーム。人の腕や太ももさえ心都さんにとっては土台です>

<手を差し出すと掴まって立つ>

<気がつくとなぜか正座をしている。まるでお嬢サマ乙女座

<自分の携帯のボタンを押せる。ちなみに心都さんの携帯№は123です>

<歩行器でgogo!!けど前には進めましぇん>

<母に用があると呼ぶ>

<コソコソとイタズラをするようになった>

<両親と他の人の区別がつくようになった>

<papaと母の役割がわかってきた。甘える時はpapa❤空腹時や眠い時は母。。。声のトーンが違います>


もぅ半年も経ってしまって、最近では抱っこを拒否し一人で遊びたがったり母は寂しいです失恋 そして、相変わらず 生き急いでます。。。 

いつも、とにかくニコニコ笑っている心都さんを見ていると母として自信が持てます。だいぶ荒っぽかったり時にイイ加減だったりするけど、世界中のだれよりも心都さんに愛情を注いでいます。きっと、伝わってるよね。心都さんのおかげで「母親」っていう何より楽しい体験をさせてもらい、毎日、成長させてもらってます。 これからも、お互い成長していこうね。ずっと仲良しでいようねハート達(複数ハート)












先日、松野明美のドキュメントを見て、思い出しました。



6か月前、心都子はまだNICUの保育器の中にいました。

血液型不適合のため、黄疸が出てしまったのです。
私は妊娠中の血液検査で、A型に対して抵抗をもっているO型と判明していたので、万が一の事を考えて大きな総合病院で出産しました。

産まれて一瞬しか抱けずに行ってしまう我が子。。。立ち会ってくれた旦那は抱っこも出来ませんでした。
先生からの説明も頭に入りませんでした。

出産後、NICUに案内され保育器の中の小さい我が子と再会。鼻からチューブ、足には点滴。直接オッパイをあげられず涙が出ました。

入院中は産科病棟とNICU 別々でした。 夜、新生児室から泣き声が聞こえてくるたび、NICUの我が子が泣いてないかと心が壊れそうなほどツラかったです。

5日後、私は先に退院となりました。しかし、その日の夜、突然、血圧が下がり倒れ、緊急入院しました。きっと、我が子と離れたくないって体が反応したのかな。
翌日には治り退院しました。つまり、2日続けて退院でした。。。

それから一週間、毎日3回、授乳と夜中に搾乳したオッパイを届けるために面会に行きました。

日に日に顔色が良くなっていく心都子。そして、無事、退院することが出来ました。


入院中、痛々しい姿を見て、本当に代わってあげられたらどんなに楽かと思いました。
今、元気にニコニコ育ってくれていることだけで、本当に嬉しい。

とにかく、健康でいてほしい。 親として当たり前だけど一番の願いです。


以前、私は生涯を持っている子供のボランティアに参加していました。ダウン症の子もいました。 理屈では越えられない壁があるのは悲しいけれど事実だし、キレイ事だけで関わるなんて失礼だと思いました。

心都子には、障害、健常と関係なく、人と助け合って生きていけるコになってほしいです。人が困っていたら手を差し伸べられる、そして自分が困ったら素直に助けを求められる、そんなコになってね。