「元日」に始まり「雛祭り」「七夕」・・そしてクリスマスに至るまで、
年中行事は暦や季節の節目として、生活にリズムを与えてくれる。
その多くは平安時代に記録されているが、
クリスマスのように近代に入ってから定着した歴史的には新しい行事もある一方で
九月九日の「重陽の節句」のようにいつの間にかすっかり姿を消したものもあり、
行事もまた、時代とともに動くものである。
そもそも年中行事がどのように誕生したかは、
千年をもさかのぼる古さと、さまざまな要素がからみ合っているため、
その由来を知る者は少ない。ほとんどが中国の習俗の受け入れであったり、
民間信仰に根ざしたものであるが、その中でも、
イネなどの作物の収穫を祈願した儀式とする見方も強い。
つまり、作物や土地に神がやどると信じ、
その神に感謝と豊作の祈りを込めて奉る「収穫祭」「神祭り」であったとされている。
そして、食物を神に供え、
人びとも同じものを分け合って食べる「直会(なおらい)」によって、
人と神との一体感が強まると考えられたのが「行事食」である。
時代とともに変化を見せつつも連綿と伝えられてきた年中行事には、
そのように「行事食」に見るよう必ず植物や食物が深く関わっている。
正月の門松にお節とおとそ、春の七草、節分のヒイラギと豆、
雛祭りの桃と白酒、そして七夕の笹や竹、月見のススキにサトイモなど・・
それらの植物で部屋をしつらい、
その地域の産物である山の幸、海の幸、初物などを用いて料理を振る舞うことで
神を崇め、そしてその季節の旬を全身で賞味出来ることに
喜びを感じたことであろう。
当時の貧しい庶民生活も行事の「ハレの日」だけは生活に変化をもたらし、
楽しく彩っていたのである。