Xで、「北海道民は小学六年生までランドセルを使わない」みたいな話題が流れてきて、ふと思い出した事がある。
私は小学1年生の時、赤いランドセルを買ってもらった。当時はランドセルのバリエーションなんてそんな無くて、女の子は赤、男の子は黒。クルッと回して止めるタイプのやつが下についてる。みーーんな同じ形。
私が買ってもらったのは皆のよりちょっと暗い赤で、止めるやつは後方、押すタイプ。ちょっとだけ皆と違うから少し気になってた。自分で選んだのか、親が選んだのかは覚えてない。
うちの小学校は大体が6年間ランドセルだったと思う。5、6年生くらいになるとちょっとだけ大きなリュックタイプの人がいるくらい。
小学4年生の時、私のランドセルは妹の物になった。いわゆる「お下がり」。
よく考えたら大事なランドセルをお下がりで与えられた妹も可哀想だけど、当時の私にはそれよりも深刻な問題があった。
それは、必然的に私はリュック通学になること。
親からしたらランドセルを買うよりリュックを買った方が安かったんだろうけど、4年生でリュック通学の人なんていなくて。勝手に決められて、私は凄く恥ずかしかったのを覚えてる。
うちの母親には結構、こういう所がある。父親が関与していたのかどうかは知らない。
小学6年生の時、急に中学受験を勧められた。それまで受験なんて話題が出た事は無いし、私も地元の公立に、皆と一緒に行くつもりだった。どうやら近くに出来た中高一貫がお気に召したらしい。これは流石に拒否した。時期的にも遅いのは本人もわかっていたと思うが、しばらく粘っていた。
中学で吹奏楽部に入る時、楽器は学校のものだったけどチューナー、譜面台やら掃除用具は自分のものを買う必要があった。これもやっぱり、大体皆同じものを持っている。黒い譜面台、銀のチューナー。たまに金がいたかな?くらい。
親戚の結婚式のカタログに、譜面台があった。安いからこれにしなさい、と母親は私に銀の譜面台を与えた。うちは学校全体の人数も多いし、私のような小学校のバンド上がりも多いから割と人数の多い部で、確か80人くらいはいたと思う。その中で私だけが毎回合奏の度に銀の譜面台を出す。とても嫌だった。
その他の道具は楽器屋さんに買いに行った。私は普通に銀のチューナーが欲しかったけれど、母親がスヌーピーの、可愛らしいチューナーを見つけてしまった。私の母はスヌーピーが大好きだった。どのくらい好きかって、小学校の個人面談で娘を差し置いて担任とスヌーピー談義をするし、携帯の柄はスヌーピーだし、待受もスヌーピーだし。これにしなさい、と母は言った。その時は反抗したように思うけど、結局お金を出すのは母なので私にはスヌーピーのチューナーが与えられた。これもまた、80人の部員で私だけ。凄く嫌だった。
その部は結構強豪というか、休みが無いし指揮棒が飛んでくる系の規律正しい吹奏楽部で。その他諸々の要因もあって私は退部を決めた。
高校受験の話題が出た頃。私は既に第1志望を決めていた。近くて、友達が居て、気楽に吹奏楽が出来るところ。規律正しい吹奏楽部は自分には向いていないのは分かっていた。偏差値的にはまぁ平均的だし、私立の併願を親がさせないと決めていたから(通うお金が無い)レベルを落として受けるならまぁアリだよね、というレベル。
母が勧めたのは繁華街近くの学校だった。偏差値的には私の志望校より少し上で、併願無しを考えると……まぁ、余裕はあるけど100%では無いよね、といった感じ。実際、中3で通っていた塾(お金を出してたのは祖父母)の同レベルの友人はそこに落ちていた。彼は併願先に進学したけど、私がそこを受けて落ちていたら……どうなっていたんだろう。
母はそこのカフェテリアだかなんかが綺麗だ、周りが栄えている……的な事を理由に私にそこを勧めたが、当時の私の軸は「吹奏楽が楽しめること」。その高校はうちの中学の吹奏楽部からの進学者も多い、規律正しい吹奏楽部だった。
私は私立併願が無いことを盾にして自分の希望を押し切った。親の言いつけで進路希望や模試の第2候補には入れていたが偏差値的には逆。担任や塾の先生からは「何故」と言われた。その度に私は答えた。「第1希望は私の希望、第2希望は親の希望ですが、行くつもりはありません」
今こうして見ると、母親は私の事を何も分かってなかったんだと思う。まぁ、途中からは諦めて私も言ってないけど。
お金を出してるのは親だから、と言われたらそれまで。
だけどこういうのが積もりに積もって積もりまくって、今の状態がある。つまりはほぼ無縁。
衣食住は保証されていた。だから、虐待だったとかそういう事を言うつもりは無い。まぁ多少手が出たり暴言はあった気もするけど、当時の価値観でいえば躾の範囲だったと思う。
ただ虚無の父親との関係含め、家庭の温かみ的なものは壊滅的になかったと思う。空っぽ。
ていうかうちの家は皆自分勝手なんだと思う。私含め。
母は好みを押し付けるし、父はなんか知らんけど単身赴任でずっと消えてて交流無いし、私ももういいやーって感じで気ままに生きてるし。妹は知らん。
本当に、感謝するべきはこの感じの私を社会人としても生きていけるようにしてくれたバイト先だと思う。ほんとにあそこが無ければ野垂れ死に間違いなし。