D35(高17) 計測なし

D36(高18) 計測なし

D37(高19) 36.82℃

D38(高20) 35.96℃

D1(低1)



タイトルを見てお分かりのように、今回の妊娠は継続できませんでした。

最初に言っておくと、今私は元気です!!

だから心配しないでくださいね。




前回の記事以降の経過を書いておきます。超長文になりそうなので、時間のある方のみお読みくださ~い。




12/5(高16)


記事を書いたあともの若干の茶オリが続いたものの、もうあまり気にしないことにして家の中でのんびり過ごしました。



12/6(高17)


この日から怖いので検温をお休みすることに。。。


朝、急に旦那の両親が来ることになり、正直「エ~!勘弁してよダウン」って感じでした。

正直あまりバタバタしたくなかったんですが、部屋が片付いていなかったので慌ててお掃除。

結局、旦那のお義父さんだけが来て、しかも野菜やお米を持ってくるだけで家には上がって行かなかったんですけどね。(それなのにブーブー言うひどい嫁です)



その後はのんびりしていたのですが、お昼過ぎになってトイレに行くと茶オリから赤い出血に変わっていました。


慌てて病院に電話すると、「15時30分までなら診られる」とのこと。

その時点で14時です。

以前書いたことがあるように、ウチは悲しいかな超ど田舎。

病院まで車で行けば50分程度ですが、車は旦那が仕事で使っています。(そして私はペーパードライバー

バスは時間が合わず(病院行きは2時間に1本程度しかありませんあせる)、電車に賭けるしかなく、ネットで時刻表を見ました。

14時ジャストがありましたが、その時点で14時なのでそれは間に合わず。

その次に14時18分という電車があったんです。

1時間に1~2本しか電車がないこの駅で、こんな短い間隔にあるってなんかおかしくない?とは思いつつ、深く考えている時間はありません。

だってそれを逃したらもう15時過ぎの電車しかなくて、どうしたって15時30分には間に合わないんだもん!!


取るものもとりあえず家を出ました。

「走っちゃいけない。まだ間に合うから落ち着いて」と自分に言い聞かせながら駅へ行くと、やはり14時18分の電車はなく・・・。

どうやらそれは臨時列車の時間だったみたいなんです。(そんなの時刻表に載せておくなっつーの!)


絶望的な気持ちになってまた病院に電話すると、先生に代わってくれました。


「今来てもらってもどうすることもできないんだ。電車に乗ってゴトゴト揺れてくるより家で安静にしている方が良いと思う。」


あ~そんなことなら駅まで行かずに、最初から家でゆっくりしていれば良かった。

慌てて家を出てきたことが悔やまれてなりませんでした。




家に帰ってからベッドに横になり、母親に電話しました。


陽性反応が出たことはまだ母親には言っていませんでしたが、翌日12/7は先日結婚した妹の食事会があったんです。

結婚式を挙げていない妹なので、その食事会は家族にとって大切な行事。

陽性反応が出た時点ではもちろん出席するつもりでしたが、もうそういうわけにもいかなくなりました。

でも大切な食事会を欠席するのにやはり嘘はつきたくなかったので母親に本当のことを言うことに。


淡々と事実だけを言おうと思っていたのですが、やはり涙が出てきて止まらなくなりました。

母もなんと声をかけていいやら困っているようでした。


電話を切ったあとも不安な気持ちのまま旦那が帰ってくるまで横になっていました。



そして夜・・・・・・旦那と壮絶な大喧嘩をしてしまいました。

この時期一番やっちゃいけないことですよね。


もともと帰ってきたときから旦那は不機嫌でした。

その態度を見た私も不機嫌になり、あとはちょっとしたきっかけで話がどんどん大きくなり、旦那から絶対今の時期に言われたくないことを言われてしまいました。

悲しくて、悲しくて仕方がなかったです。


あとから考えれば旦那も不安だったんだと思います。

旦那が帰ってきてしばらくしてから、もう生理のような出血が始まっていたし、私は不安ばかりを口にしてしまっていました。


でもそんな時だから優しく受け止めてほしかった。

旦那は


「妊娠月経っていうのもあるらしいよ。」


なんて言っていたけど、私は自分の中から血が流れ出てくるのを身体で感じるんです。

たしかにそういう人もいるという話は聞いていたけど、この出血の感じじゃ厳しいだろうな・・・というのはなんとなく自分で分かりました。

だから素直に「じゃあ信じてみるね」って言えなかった。

お互いに余裕がなかったんですね。。。

その日は自分の中から流れ出る血を感じながら、泣きながら寝ました。



12/7(高18)


朝起きてみると旦那は居なくて、手紙が置いてありました。

その手紙は「昨日は君を苦しめる言動をしてしまい本当に悪かったと思う。ごめんね。」と始まっていました。

彼がいろいろ私のこと、私たちの子どものことを考えてくれていて、ただそれをうまく伝えられなかった気持ちはなんとなく分かりました。

もともとすごく不器用な人なんです。

だから私も長い手紙を書きました。

自分の中の不安を吐き出すように、昨日の悲しかった夜を忘れないように、そして繰り返さないように・・・思っていることを書き連ねました。


家に戻ってからの旦那は献身的に尽くしてくれました。

ご飯を用意してくれたり、温かいお茶を淹れてくれたり、2Fに上がるとき手を引いてくれたり。


その日、2度目の検査をしました。

1回目より更に反応が遅く、弱々しい線が出ました。

HCGが消えてきてるんだな。。。と思いましたが、まだ陽性反応が出ていることには変わりありません。

その時点である程度の覚悟はできていましたが、希望は捨てずにいようと思いました。



12/8(高19)


明け方身体が熱く汗をかいていて、その汗が冷やされて頭だけが異様に冷たくて目が覚めました。

頭がガンガン痛むけれど、薬は飲めません。

旦那が気づいて起きてくれて、頭を揉み解し、タオルをかけて温めてくれました。


12/6から2日間体温を計るのを止めていましたが、その日は病院に行こうと思っていたので体温を計りました。


なんと、あれだけの出血にもかかわらず、まだ36.82℃あります。


やはり希望だけは捨てないでおこうと思いました。



そして病院へ。

最近ずっと診てもらっている若い女医さんです。


内診をすると、かわいらしいちっちゃい黒丸が見えました。

しかしなんだか変な位置にあることは、自分でも分かりました。


先生のお話を旦那と2人で聞きました。

まず、生理状の出血があること、妊娠検査薬の結果が薄くなってきていることから、流れてしまう可能性が強いという前置きのあとに


「この黒い丸、赤ちゃんの袋のように見えますね。エコーの感じでそう見えるだけかもしれないけど。ただ、通常赤ちゃんの袋は子宮の中にあります。これは頚管部分にありますよね。これはたぶんここまで流されちゃってるということだと思う。稀に子宮頚管妊娠ということもありますが。」


というお話がありました。


ここまでの話を聞いて、もうある程度の覚悟はできていましたが、数値で納得したかったので、血中HCG濃度の測定もお願いしました。


結果、HCGは3.4しかありませんでした。


ここまで見て、初めて「あ~やっぱりダメなんだな。」と納得できました。


先生は


「残念だけどこのまま流れてしまうと思います。でも今回人工授精で着床したということは良かったことだと思う。」


と言っていたので、私も


「そうですね。結婚して4年間、たぶん1度も着床したことがなかったので、ちゃんと受精、着床できると分かって良かったです。」


と答えました。

強がりでなく、心からそう思えました。



病院の外に出るとすごく気持ちがスッキリしていました。


検査薬で陽性が出てから、そして出血が始まってから、ずっと不安な気持ちでいました。

その不安がなくなったこと。

それから旦那と2人でちっちゃな胎嚢が見られたこと。(あれは胎嚢だと信じることにします!)

旦那の精子と私の卵子がちゃんと出会えていて、1つの受精卵になって、着床してくれたという事実。

それらのことが私の心を明るくしてくれました。


旦那と2人、また頑張ろうって誓って美味しいご飯を食べに行きました。


家に帰ってからは玄関をきれいにしたり、お布団を干したり、窓を磨いたり、自分の心を洗うように家を掃除しました。

やっぱり赤ちゃんが来たいと思ってくれる家にしなくちゃって思ったからね。

それに風水的にも玄関が汚いのは良くないらしいし!(私全然掃除してませんでした。)


それから、まだ私のお腹の中に赤ちゃんがいるうちにと思って、旦那と2人私のお腹に手をあてて声をかけました。


「来てくれてありがとうね。また来てね。」


そうしたら旦那が


「『また来るよ』って言ってたよ。」


と言ってくれました。

嬉しかった。。。




この数日間の思いをどうしても全部残したくて、宣言どおりの長文になってしまいました。

読んでくれた方ありがとうございました。


今日もなんだかすごく元気です。


同じ時期に陽性反応が出た方がいっぱいいますが、みなさんの赤ちゃんは無事に育ちますように。


私はまた赤ちゃんがやってくることを、気長に待つことにします♪








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