「成功者」と呼ばれる人たちがいます。
たゆまぬ努力と創意工夫で、地位や名誉、経済的な成功を収めた人のことです。
ところが、この成功者と呼ばれていた人たちの中には、ひょんなことから下り坂を転げ落ちるように全てを失ってしまう人もいます。
仏教の古い経典の一つである「法句経」には、次のような言葉があります。
小悪といえども軽んずるなかれ 水滴のしたたりて 水がめを満たすがごとく 悪を積むものは 必ず災いに満たさるべし
悪をなし 報いの現れざるをもって 報いなしと思うなかれ 罪の報いの現れるや 必ず苦しみを受く
人は地位などが上がると、ともすれば傲慢になったり、人を見下してしまうことがありますが、それが危険だと「法句経」では言っているのです。
「これだけ苦労してきたのだから、これくらいは大丈夫だろう」などといった軽い気持ちが「小悪」のきっかけになり得るということです。
一方で、善についても「法句経」では次のように言っています。
善の報いの熟さざるとき 善人でも災いを見る 善の報いの熟せるときには 必ず幸福を見るべし
幸福も不幸も日頃の小さな行いの一つ一つにかかっているということです。
浜松医科大学名誉教授の高田明和先生は、著書『念起こるこれ病なり 継がざるこれ薬なり』の中でこう述べています。
「幸福も不幸も自分の心の所産です。心の在り様が幸福、不幸を呼び寄せるのです。自分しだいなのです。仏教は宿命説ではなく、自分で運命を変えられる教えであるということは、このことを言うのです。
~中略~
『小さな善、小さな悪』の積み重ねが最終的な幸、不幸につながるのです。『これくらい・・・・・・』という思いが浮かんだら、『そうではない、これくらいが危険なのだ』と思い直し、生き方を変えることが大事です」
日頃の行いというのは、本当に大切ですね。
私も大いに反省しつつ、地道に日々の生活を送っていきたいと思います。
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