車内にクーラーが効いてるにも関わらず、咽るような香水の薫りが鼻腔を燻る。
実際にはただ助手席に二十代半ばのお姉さんが座っただけなのだが。

 Tさんは「さあ、いくよ」と少し嬉しそうな顔でアクセルを踏み込んだ。
私は気を使って「お姉さん、こんにちは。荷物、後ろ置く?」と尋ねた。
「あ、うん、どうも。これノートパソコン。ちょっと重いけど、おねがいできる?」
「はい、まかせて」少し硬い雰囲気をほぐそうと、華やぐように声を高めてみた。

 ポロシャツのTさんと黒の短パンがセクシーな美人とパステルカラーのミニワンピを着た私は、
傍からみればさぞかし奇妙な組み合わせに違いない。
 やや中古車気味のシルバーのフォード、軽やかな失恋ソングと私たちを乗せて住宅地を突き進んでいく。

 ここで手短に紹介をしよう。Tさんはネガティブで感情的だが無表情な見かけによらず悪い人ではなく、面倒見がよくていつもお世話になっている。例のrabbits in parkカフェのオーナーの一人である。
 ギャルっぽさが可愛い、派手なキラキラアイシャドーのお姉さんはTさんの友人らしい。私を含めカフェのみなさん(SおじさんやIさんたち)近所の店の方々は二人が親密な関係であると思っているが、実際のところは本人たちにしか分からないし、詮索するのは失礼との事で、横から様子見しているだけである。
 私といえば、夏休み開始早々不眠症と腹痛の悪化、挙句の果てに頭痛再開である。それでもなんとか頑張って毎日を過ごしている。悪夢のような教会活動も一段落したが、体調は一向によくならない。

 「スカート短いっていってるでしょッ!短パンくらい中に穿きなさい」
10時49分。Tさんがカフェにいくついでに私も載せてくれる約束の時間まであと一分。
なのに母親はしょうもないことを言って時間を延ばす、ああ遅刻確定。怒号は覚悟しとこう。
ミニワンピはひざ上10センチなのに、と一人愚痴る。だったら女子高校生はみんな問題じゃないか。
 ストレートなミニワンピには不釣合いなぽわぽわの短パンを中に穿きこんで、リュックを背負い、サンダルを靴棚から出し、半分怒鳴るようにいってきます、と言うのと同時に玄関の戸を閉める。朝から階段附き短距離走だ、とジョークのような文句を小道の暖まったぬるい空気にぶつける。もう真夏だ。
 案の定三分遅刻。「ごめんなさい」とぺこぺこお辞儀をしながらシートベルト着用。
「次はもう待たないから」と笑いながら怒られた。とりあえずセーフでほっとした。
「いまから綺麗なお姉さん、迎えにいくから」と言われて私は「降ろして!そこまで空気の読めない子どもじゃないから」と叫んだ。
「あほか、変な勘違いしてるだろう。ついでだからな。おまえ、失礼な事いうんじゃないぞ」
真顔で言われてしゅんと小さくなる。Tさんが好意で私を乗せてくれてるのだからしょうがない。

 曲がりくねった住宅地や工事中の橋を渡ってさらに凸凹の激しい道を進みながら、車は一時停止した。私は一旦車を降りて助手席から後ろの席に移る。
「あ、来た」
Tさんに言われる必要も無く、私は既に遠方よりきたる小麦色の美脚を見つめていた。

 ここで振り出しに戻る。  

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