* スリランカを襲撃する津波


 2004年12月26日に、スマトラの沖合でマグニチュード9.0の地震によって引き起こされた津波は、インド洋を荒れて疾走しました。
 インドネシアを除いて、12月29日に報告される犠牲者数は21,715人で、スリランカのような島国では、大部分の犠牲者で苦しみました。
 デジタル・グローブのクイック・バード衛星は、現地時間で2004年12月26日午前10時20分に、スリランカのカルタラ周辺で、津波の第一波によって荒廃した映像を捕らえました。
 水が、水浸しにされた地域から海へと流れて、沖合いで乱れた流れになっています。
 岸に近い通りと浜辺沿いの家々の庭が、泥だらけの水で覆われています。
 映像は、波頂上との間の「谷」で得られたと推測できます。
 近くの浜辺の境界線が、海岸線から150メートルほど退いたことを示しています。

* 津波で破壊されたアチェ特別州の町


 インドネシアのアチェ特別州地方は、2004年12月26日の地震と津波によって最もひどく打撃を受けました。
 アチェ特別州は、スマトラ島の北端にあります。
 例え地震震央が、アチェ特別州に近かったとしても、初期の西洋メディアの注目は、スリランカとタイに集中しました。しかし、最大の津波はスマトラの北西部海岸を攻撃しました。
 12月29日に、インドネシアでの犠牲者数の推定は、世界的な合計の半分を超え80,000人以上でした。
 スマトラの西海岸でアチェ特別州の首都バンダ・アチェの近くにある町は、中心部のモスク(白い円形の特徴)を除いて、津波によって完全に破壊されました。

* タイ・プーケットの津波被害


 タイのインド洋海岸のプーケットの島は、魅力的な白い砂浜と暖かい陽がさんさんと降り注ぐ気候で、旅行者の主要な目的地です。
 残念なことに、2004年12月26日に陸に流れたアジアの津波の通り道となって、そこで生活していたり北半球の冬の寒さから逃れて訪問した人々を襲いました。
 この自然色のランドサット7に搭載してあるETM+衛星画像は、島が2000年12月27日に破壊する津波の前にどのような風景であったかを見せています。
 島の魅力は、画像で見るとおりに質素です。
 西には、沿岸を航行する白い浜辺線、青々とした、樹木で覆われた丘が、浜辺と町を見渡して、アンダマン海の瑠璃色の海水が、アンダマンとニコバル諸島の西方へ伸びています。
 大きい波の矢面に立ったこれらの浜辺では、多分、1時間以内で海中地震の西海岸が攻撃されたでしょう。
 荒廃は、特にパトンとカロン浜辺で厳しくて、そこには、贅沢なホテル、マクドナルドやスターバックスのような西洋ビジネス・チェーンが観光客から巻き上げるために位置していました。

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